能楽夜ばなし

能楽師遠藤喜久の日常と能のお話

遠藤喜久

3月14日日曜日 12時30分開演 盛久の見どころ聞きどころ あらすじ解説 

3月14日の九皐会定例会も迫りました。まるでお芝居のような筋たての面白い曲なので、

盛久の見どころ聞きどころ あらすじ解説いたします。(結末までの詳しいストーリー解説を含みます。)


盛久は、俗に三盛と称し、実盛・通盛と並び、謡いの難度が高い曲と言われています。

それだけ節回し、役の心持ち、物語の展開が複雑で面白く出来ています。

故に観世流の謡曲では、習い物という格付けの準九番習の一曲になっています。


盛久の能は、シテが面をかけずに直面(素顔)で演じる。ただし、素顔を面として演じるのであって、現代のテレビドラマの顔芸ような感情をあからさまに表情に出すことはなく極めてクールです。まさに能面のように。

しかし、生身の人間の顔だから、どれだけクールに演じても、自ずと滲み出るものはあり、その妙が見どころになると思います。

能面と同じく、特徴的でありながら観る人によって如何様にも解釈想像出来る素顔の面でありたいと思って演じています。



盛久は、今風に言えば、戦いに負けた側の名のある将校であり捕虜なので、勝った側(頼朝)に戦争犯罪人として裁かれる身です。

そして九分九厘、死刑を言い渡される運命でした。


この捕虜の盛久を預かるのが、土屋という頼朝側の武将であり、ワキ方が演じるキーパーソンです。京都から鎌倉へ盛久を護送して来ます。

この二人には戦場を戦ってきた男同士の友情や敬意のようなものが漂っています。

勝敗や生死は時の運。いつ立場が逆になってもおかしくない世の無常を熟知している二人なのだと思います。

現代の戦争映画にも敵同士の交流を描くものがありますが、能は、ひたすらクールで、二人のやりとりは淡々としています。しかし、どこか打ち解けて話す二人の会話は心地良い。

今回の土屋殿は、森常好師が演じます。大人の包容力が見どころになるでしょう。


盛久は信仰心の篤い男で、日夜観音経のお経を読み、自ら観音像を彫り祈るような真摯な男。戦さで戦う己の罪を知っていると感じます。


能の冒頭、盛久は今生の名残に清水観音の方へ輿(護送の乗り物)を向けるように願い、土屋はそれを聞き入れ清水に立ち寄ります。

舞台中央で観世音菩薩に祈る盛久。盛久は死を覚悟していて、再び来ることはないだろうと思っています。名残の桜も見納めと清水に別れを告げます。


清水観音に祈りを捧げた盛久は、一路旧東海道を鎌倉へと護送されます。

この場面が、道行という地謡で聞かせる場面。

東海道の名所を読み込んだ地謡の謡いに運ばれて鎌倉へとやって来ます。


舞台進行では、橋掛をぐるりと廻る行き道で、長い旅路を表します。

今は新幹線で4時間足らず、CMでは15秒の旅も、かつては徒歩。

能の道行も決して長くはないですが旅の風情が出れば良い場面です。


やがて再び一行が本舞台に戻ってくると、そこが鎌倉入り、そこからは処分を待つ屋敷の座敷での場面となります。

今でいえば捕虜収容所ですが、平家譜代の武略の達者と誉れ高い盛久への待遇は決して悪くありません。


土屋が訪れると、刑の執行を望む覚悟を漏らす盛久。

しかしまだ処刑までは一刻の猶予があり、盛久は毎日かかさず唱えてきた

お経を読みたいと所望します。


その清水観音経には、我(観世音菩薩)を真に信仰する者は、必ず助けると救済の誓いが書かれています。

そしてたとえ刑場で剣で斬られる時でも、その剣は、粉々に砕けるとも。

しかし盛久は、目先の救済を求めて経を読むわけはなく、魂の真の救済を祈っていると土屋に語ります。この場面、土屋が経を聴き入り、いつしか土屋も声を揃えます。


やがて明け方まで、盛久がひと時の眠りに落ちると、不思議なことに夢に観音の化身の老いた僧侶が現れて目が覚めます。


盛久は観音に感謝し、由比ヶ浜の刑場へいよいよ向かいます。


斬首の場につき、清水の方を向き、経巻を開き観音経を唱える盛久。


執行人が太刀を振りかざすと、盛久が手にした経巻より光が射し、思わず取り落とした太刀は粉々に壊れました。

観音経に書かれた通りの神秘が起きたのでした。


この不思議な出来事に直ぐに刑の執行は取り止めになり、盛久は頼朝の御前へと召し出されます。


能では、正面客席側が上座になり、そこに頼朝がいる設定で、実際の頼朝は登場しない。そのほかの武士や役人も能舞台の演出には、そこにいるけれど、観客の想像に任せてという演出をとり、土屋一人が登場している。


頼朝の御前。そこで語れる、前夜の不思議な夢の中の出来事。

夢に現れた老僧は、盛久の長年の誠の信仰を知っていて身代わりになると夢の中で約束したのでした。


能では、地謡がそれをクセと呼ばれる一連の聴かせどころで謡います。

それも聴きどころ。


不思議なことに、源頼朝も明け方同じ夢を見たのでした。


頼朝の言葉は、地謡が代弁します。


なんという不思議な夢の告げであろうか。それも同時に二人が見るとは。

盛久の信仰の篤さは、天に通じ、奇跡は起きた。

そのことに頼朝も感動し、そして自分にも清水観音の夢が下ったことにも

感じ入ったのでした。

清水の観世音菩薩が救った盛久の命を、頼朝はもはや奪えるはずもなく、盛久は、命を許され、頼朝に祝福の盃をもらって、舞を舞うよう所望される。


盛久は舞の名手であることも頼朝は聞き及んでいた。


盛久は、それならばと御前に出て鮮やかにめでたく舞を舞う。そして長居は恐れありとその場を退室し、一命を取りとめて能は終わります。


*伝承では、この後、盛久が清水観音にお礼参りに伺うと、処刑執行の同時刻、盛久が彫って寄進した観音像が倒れ破損し、盛久の身代わりになったと伝えられる。

その像は、八百年の時を経て巡り巡って東京上野公園にある清水観音堂の秘仏となり、毎年、盛久の奇跡の起きた二月の初午の日に年に一度だけ公開されて、清水観音の霊験を今に伝えている。



現代的に解説しても、とても劇的で面白い曲です。

深刻な物語の始まりから、徐々に盛久の人柄が明らかになり、やがて奇跡を経て、爽やかな颯爽とした舞で終わる後味の良い曲です。


映画にすれば信仰の奇跡を描く長時間の大作に出来る内容を、少ない登場人物と無駄を削ぎ落とした場面展開によって、凝縮した時間の中で物語を成立させている能の演出も見どころです。

観る方様々に想像をしながらご覧いただけたら面白いと思います。



矢来能楽堂は変わらず万全の感染症対策をしながら安全に運営しています。


そろそろ能楽堂へ足を向けてみてはいかがでしょうか。


ご来場お待ちしています。

チケットは、矢来能楽堂に直接ご連絡いただき、席の希望などをご相談いただければとお思います。お席には充分な余裕がございます。

よろしくお願いします。

竹生島の秘宝 終了

IMG_8496
このところ連日Twitterでご案内しておりました、矢来能楽堂主催のはじめての矢来能楽堂スペシャルRe-Quest2 竹生島の秘宝 2回公演 無事に終了。
写真は、初めて矢来恒例のフォトセッション。
どうも舞台では笑わないので、笑っていいのか毎度悩みますが、つい硬い表情になってしまうのでした。

さて、今回見逃した方の為に、この公演は、動画配信をいたします。
普通の能とは違い、ナレーションが入ったり効果音が入ったり、晴明が出て来たりと、冒険活劇風な仕立てにしてあるので、古典作品が難しいと思う方も楽しめると思います。


今回、私にいろいろTwitterや若い人のトレンドを教えてくれた中学生も観に来てくれて、話がわかって面白かったと言ってくれて嬉しかったです。

また、能楽通の方は、この作品にパズルのように織り込まれた古典の原曲の数々を探してもらうのも楽しいと思います。終わってみると意外と通な人向きなマニアックな仕掛けも多くて、ニヤリとしてもらえたら嬉しいです。私としては古典作品へのオマージュとして演出しておりました。

是非ご覧ください。

本日はご来場賜りまして誠に有難うございました。
また、矢来能楽堂でお目にかかりましょう。


【WEB配信 チケット発売中!】
はじめての矢来能楽堂Special

新演出能

『 Re-QUEST 聖剣伝説2 
 竹生島の秘宝~安部晴明外伝~ 』
(字幕テロップ入り)

<配信期間>
11月8日(日) 18:00~11月15日(日) 17:59

【チケット発売中!】
Confetti(カンフェティ)にて




おまけ。能の凄く静かな仕舞の曲。動画配信中。
アートにエールを!

御礼新潟りゅーとぴあ能楽堂 秋の能楽鑑賞会 

image
昨日は、りゅーとぴあ能楽堂にて秋の能楽鑑賞会が無事に終了しました。
お話をいただいてから約二年越しの劇場企画公演で、このコロナ禍で無事に開催出来て本当によかったです。
ご来場のお客様に心より厚く御礼申し上げます。

今回新潟りゅーとぴあ公演は、私共兄弟としては前回の夜討我、小袖曽我の連続公演以来。
また、以前からのお客様のラブコールにお応えして、新潟でははじめて野村萬斎さんの狂言と組ませていただき、満員のお客様様にも喜んでいただけだのではないかと思います。

この二時間あまりの公演の為に二年近く前から準備をしてくださいました劇場関係者の皆様、ご出演の皆様にも厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。

私の写真ばかりで恐縮ですがご覧ください。
後半は蜘蛛の巣を投げまくるので、華やかショー的な要素満載で、まさにIt's Show Time !といった感じの面白い写真いただきました。

image

なお、今回新潟公演を見逃した方に朗報です。

来年一月九日土曜日2時から、池袋から電車で24分の所沢航空航空公園駅の大劇場、所沢ミューズの大きなホールで、再び土蜘蛛を上演。狂言は善竹十郎ファミリー。観世喜正師の神歌で新春を寿ぎ始まります。
所沢MUSEのリニューアルしたホールでの新春公演。
いつものワークショップのホールではなくて、マーキーホールという三階席まである大きなホールです。
チケットの発売が始まりました。
EPSON025
その頃にはコロナも収束していると思うので、天井の高い大きなホールで長い千筋の蜘蛛の糸を存分に投げて、独り武者と闘いたいと思います。

今回の公演の経験を生かして、更にスケールアップした舞台に出来ればと考えています。
どうぞお楽しみください。


本日は横須賀芸術劇場公演に出演。
能は観世喜正師の隅田川とオペラカリューリバーの連続公演。
私は能の後見に入ります。
このところタイトなリズムが戻って来ました。
寒くなって来たから風邪ひかないようにしなくては。
皆様も暖かくしてお大事にお過ごし下さい。
ありがとうございました。



自然居士を観る上でのお約束事

10月11日(日曜日) 12時半開演の狂言と能 で自然居士を勤めます。

世阿弥の父上、観阿弥作ということで、現代の芝居に通じるお話の展開の作品で、わかり易く約1時間ほどですが、いくつか見る上での初歩的な決まり事を説明しておきます。
これ、わりとよく質問されるので。

お約束
①いろいろな役者が同時に舞台上に登場した時。目の前に居ても、お互いが見えているとは限らない。
②お互い、はっきり向き合ってない時は、存在が薄くなる。
③舞台上(ステージ)の実際の距離と、物語の中での役者同士の距離は同じではない。(舞台上近くにいても遠い事もある).
④舞台上の時間と物語の中の時間は一緒ではない。(時間空間の跳躍と伸縮)
⑤セットが少ないので、舞台上にないけど、物語としは存在していることがある。ないけどあるの設定。(見えないものは空想してねの法則)

能舞台は5メートル弱四方のエリアのステージなので、テレビの2画面、3画面のように同時に存在しながらも分かれていて目の前にいるのにお互い見えてない、聞こえていないという設定の場面が、少なからずあります。
また狭い舞台上の演出で、現在なら照明を暗くして存在を消し、観てほしい所にスポットライトをあてて、お客さんが混乱しないように場面をわかり易くするのですが、能には照明がありません。
なので、なんか不思議な感じがする場面もあります。
また、時間が飛んだり、伸びたりもします。

以下ネタバレ的な事もありますので観てから読むのもありです。

物語の展開
イ 自然居士登場 最初の登場は能の客席を観衆に見立てて、説法を始めるという場面。なのでまさにそこが説法のステージという設定。

ロ そこへ少女が目の前にやってくるが、最初は居士も少女の存在を認識していない。(2画面ような感じ)

ハ 少女が目の前で連れ去られるが、舞台上の距離と、物語の中の人物同士の距離は違うので知らん顔?

二 人商人は舞台上の居士の目の前のワキ座へ(客席から見て右手前方)に少女をさらって連れて行くが、物語の中では遥か遠くの人買船の中に連れ去られたという設定 距離と時間の跳躍+二画面。

ホ 一度居士が説法の座から立上がり橋掛へ行くと、場面が変わり舞台転換したことになり、ステージは雲居寺から人買船の泊まっている大津の岸へ場面がジャンプ。

へ 自然居士が少女を助けに行くが、実際はそれなりの距離と時間が経っている。舞台演出では、すぐに追いついてしまうが、時間と距離を飛び越している。(実際は大津まで11キロ。徒歩2時間弱、急ぎ足ならもう少し早い)

ト 人買船の停泊している岸で人商人と対峙するが、やがて船に乗り込むという設定。でも実際には船の大道具のセットは出てこない。(無いものは想像してねの法則)

チ 船に乗り込んだ後、船の中の設定だが、いつの間にか船上が広くなったり、狭くなったり演技の都合で伸び縮みする。

とまあ、色々なお芝居を見つけている人は、自然と溶け込めると思いますが、意外と変な感じ、不思議な感じと思うこともあると思います。

リアルのようでリアルで無い感じ。
昔の人は、凄く頭が柔軟だったんだなと感じます。
臨機応変に解釈や設定をどんどん変えて、都合の良いように進めていく。学ぶこと実に多し。
特に見えてるのに(すぐそばにいるのに)見えてないという演出はよく質問されますね。
観客の間には目の前に見えてるに、役同士は見えないの?と、最初は不思議な感じがしますね。
でもこれも慣れてしまえば、とても無駄のない演出なのです。
限られた空間で物語を進行する為に出来た演出でしょうか。

なので役と役がお互いにはっきり相手に語りかける時は、しっかりと相手に向き、相手を認識してる場面です。


これだけ押さえておけば、この曲は時間軸に沿って物語が進行するので、とても面白いです。
せっかく買い取った娘を返したくない人商人がなにかと自然居士に注文をつける場面が見どころですね。

そして芸によって事を解決するというところがこの曲の主眼かなと思います。
今回は小学2年生の女の子が、少女役です。
もうこんな大変な役(縛られて口に縄をかけられている設定なのでセリフがないのです)
(舞台では縄はかけませんよ! 無いけど在るの法則です)
出てくれるだけでエライです。
頑張ってなんとか助けねば!

お楽しみください。

この公演は、感染症対策として前後左右をあけて席を販売しています。
以前のフルに販売していた状態の客席からすれば、まさにガラガラに近い感じでご覧いただいております。
最大でも100席(満席237中)しか販売しておりません。しかもまだお席に余裕がございます。
なんたる贅沢。
狂言は20分弱、換気休憩後、能は1時間弱程度の演目ですから安心してご覧いただけると思います。
どうぞ日曜日は矢来能楽堂へお越しくださいませ。
お待ちしております。お申し込みは矢来能楽堂まで宜しくお願いします。

IMG_8199

IMG_8200

自然居士じねんこじ 10月11日九皐会例会第一部

IMG_8199
IMG_8200
10月11日日曜日12時30分開演
神楽坂矢来能楽堂にて、九皐会定期公演があります。
私は第一部の能「自然居士」のシテを勤めます。
じねんこじと読みます。
世阿弥の父、観阿弥作。
仏法を大衆に説く若き説教師が、雲居寺造営の為の説法を7日間に渡ってしていた。
今だってアイドルが7日間のコンサートなんか、なかなか出来ないから、さぞや人気のある説教師だったのであろう。
そこへ亡くなった親のために追善供養を頼みに来た少女がいた。見れば綺麗な小袖を持っている。これをお布施するので頼むという。
しかし、少女を追って来た人商人(人を売り買いする中世にいた商人)が女の子を引き立てて連れ去った。少女は、自らを売ってその小袖を手に入れたのだった。
自ら売ったのでは人商人にも一分の道理があるが、このまま見過ごせないと意を決し自然居士は7日満願直前の説法を取りやめて、少女救出へと向かう。

自然居士は、半俗のお坊さんだから武力で取り返すことはしない。問答と芸尽くしで人商人に立ち向かう。

幽玄な能とは違った、現代のお芝居のように次々に物語が展開する写実的で筋が分かりやすい面白い能です。

能の中のヒーローですね。
どうぞお楽しみに。
チケットは、観世九皐会事務所にお申し込み下さいませ。
どうぞ宜しくお願いいたします。




御礼九皐会

36789936_1001715659994998_3416741664738246656_n

36871310_1001735673326330_2964518545188192256_n

7月定期公演終了しました。
ご来場賜りましてありがとうございました。
駒井カメラマンの速報画像をいただきましたので、upしておきます。

翌日も、一門の夏恒例の歌仙会が一日あり(非公開の玄人だけの舞囃子の稽古会)厳しい二日間がなんとか終わり、次はいよいよミューズワークショップが今週から開講です。
これまた、大変ハードな練習が続くので、ここでまた受講生と共にしっかり身体を鍛えなおしながらこの夏を過ごしたいと思います

なお、8月26日は、所沢ミューズの「触れてみよう能の世界」という催しの中で、能「小鍛冶」上演予定です。
初心者向きの気軽な催しですので是非ご来場くださいませ。

所沢ミューズ 能楽、仕舞ワークショップ 募集


今年も大好評所沢ミューズワークショップが始まります。
現在新規募集中です。
詳しくは所沢ミューズのホームページでご確認下さい。
初めて仕舞を学んでみようという方には、最適な超体験型講座です。
一般のお稽古事とは少し違い、2か月完結です。
また劇場主催ですので、安心して受講できます。
私個人主催では実現出来ないサービスがたくさんありますね。
年末からミューズが改修工事に1年以上改修工事に入り閉館しますので、
これが閉館前の最後のワークショップになります。
ぜひ迷わずトライしてみてください。

女郎花 男と女は難しいね

日曜日に迫った九皐会定期公演。
申し合わせも済みました。

女郎花(オミナメシ)ですが、いざ演じる立場で考えてみると、この曲の前提となっている、男と女の話が、わかったような、わからないような。
このところ頭を悩ませていたのです。
グズグズと書いておりますので、お暇な方はお付き合いくださいませ。


そもそも能、女郎花の主人公たる小野頼風って、何者なのでしょう。
この女郎花伝説の原点と言われる三流抄という古書には、八幡の人と書いてあります。それ以上はよくわからない。

能の台本も同じく。昔そういう人が居たらしいという話になっている。

この当時の結婚観は、通い婚で、それなりの甲斐性がある人は、幾人かの女性の所に通っていたようだから、今と感覚は違うだろうけど、女郎花の二人は、都で一応夫婦(婚約)関係にあり、迎えに戻ると約束しながらも、そこから男一人、八幡に戻って来る。

なぜ一人で戻ったのか。

それは仕事の為だったのか、実はその女性と少し距離を取りたかったのか、あるいは何か家の事情だったのか、それとも家に実は本妻がいたのか、その本妻と別れ話をするためだったのか、はたまた別の全く恋人が出来たのかは、能台本からは、わからない。


でも結局のところ、日が経ち、男が迎えに来ないので痺れを切らして都から追って来た女性は、自分が男に捨てられたと誤解?をして、死んでやるー!と身投げする。コワイコワイ。

なぜ誤解したのか?

三流抄という原作本?では、留守の者が、他に新しい妻が出来て、そっちに行っていると答えたので、絶望したとある。

うむ。これなら、明らかに裏切ったので、なんとなく納得出来る。

でも能台本は、そこは、間狂言がさらりと触れるだけ。
留守の者が心なく答えたので、女は、男が心変わりしたと誤解したという感じになっている。

当時の人は、女郎花の昔話を皆知っていたのが前提となっているのか、その説明はあまりされていない。

こないだ現地行った時見た伝説の説明文では、男の足が遠のいたとか、新しい奥さんが出来たとか、そんな事も書いてあったような。。。

何故男は、後を追って死んだのだろうか?

三流抄では、新しい妻の存在が出てくるのだが、そういう人がいて、あとを追うか?
何か政略結婚のような気の進まない相手だあったが、心は都の女にあったとか。
何かすっきりしない。


この疑問を解消するためなのか、能台本は、話をシンプルにするために、本妻さんや新しい恋人の存在には触れず、留守の者との、やり取りで勘違いした事になっている。

あくまでちょっとした誤解で、男はその女性が好きだったんだなという話。

必ず迎えに行くと言ってすぐに行かずに誤解を招き、好きな彼女が自殺し、罪の意識に苛まれ、後を追ったという筋書きだ。

女郎花の男女の伝承は、その後のことは、伝わっていないので、旅僧の弔いに出てくる後半は、能独自の部分。

後場の旅僧の弔いの前に、女は、男と現れてもなお、[恨むらさきか、葛の葉の ]と謡い、死しても男に恨みを残してる。
先に身を投げた彼女は、死んでも恨んでる。。。許してない。
花になっても、男が近ずくとなびき退き、離れると元に戻る。

こうなると、あと追った男は報われない。

あなたがちゃんとしないから、不安になって、それで誤解して、おかげで私が死んでしまったのは、全部あんたが悪い!
今更あんたが死んでくれても遅いわ。どーしてくれるのよ私の人生。
もうあんたなんか嫌い!と(まあ、そう思ったかはわからいけど)恨んでいる。

やっぱり小野頼風が、どうにもこうにも悪いのだろうと思えてくる。

女性に、これってどう思う? と尋ねると、十中八九、この男が悪い!
そんなの当然だ!と言われそうだ。



能台本では、死後もなお、頼風は地獄で恋人を求めて、もがき苦しむ。
山の上に恋しい人を見つけて登るが、その山は、剣の山でズダズダに引き裂かれ、岩で骨を砕かれるのだ。
それが永遠に続く。怖い。


しかし、
前半では、旅僧の前には、この世で女郎花の花になった妻を守る花守として化現する。
妻の花が咲き乱れているのだ。まるで天国だ。

それはまさに頼風が夢見た幻の風景なのかも知れない。

長閑な女郎花の咲く野原で、風流に和歌など歌っている。

で、壮麗な岩清水八幡宮まで参詣する。

能の後半の地獄模様とは打って変わって長閑なのだ。

一応後半に続く伏線なのだが、あまりに長閑な場面が続く。しかし、
突然、実は、妻が自殺しまして、私も自殺しましてという展開に強引に持っていかれる台本なのだ。

なんか、言葉にすると、そもそもは凄惨な事件なのである。
能になると、やんわりとした感じになるが、テレビドラマならかなりディープな話だ。

しかも事件の現場は、放生川。
生きる魚を放って功徳を得る放生会をする神聖なところな訳で。
土地の人なら知ってるだろう神域に、知らずに入ったとは思えないのである。
婚約不履行でカッとなってしまったか?
もし、神聖な川だと知ってたとなると、男が神事に関わる人であてつけたか。何れにせよひどく罰当たりな場所だ。
そして男も、よくそこに後追って入ったと思う。罰当たりますよ。本当に。
まあ、だからそれも含めて罪は重くて地獄に堕ちたのだろうけど。


それでも。それでも男は女の後を追った。そういうことなのかなあ。
その執着が罪である。

あのさー。頼風さん。
初めからこんな事になる前に、何とか出来なかったのかい???と、聡明な皆さんは思われる事だろう。僕もそう思う。

でも、それだと物語にならない(笑)

で、男と女の間には、きっと他人には想像もできない事が沢山あるのかも知れない。子供にはわからない。


妻 かの頼風に契りを込めしに
頼風 少し契りの障りある。人まを まことと思いけるか。


この二人を引き離した、障りとは何だったのか、最後まで分からずじまいであった。

原作らしき話から離れて、能のオリジナルな脚色台本は、詳しくは語らない。


曲舞の中で、「ひとえに我がとがぞかし」自分がいけなかったと嘆いている。

それ以上は語られないから、この行き違いは二人だけの永遠の秘密なってしまった。

誤解で身投げなんてねえ。

実に隙間の多い台本であれこれと妄想膨らむ演目なのであります。

最後は、岩清水八幡宮の本家とも言える宇佐八幡宮のある九州から来たという旅僧(佐賀県の松浦潟から来たと冒頭に名乗るが、宇佐八幡宮は大分県であるから近くもない)
が弔って、成仏に向かわせて終わる。

どこか曖昧模糊とした作品であるが、ある人にとっては、とても考えさせられたり、身につまされたりするのだろうか。。

さて、どんな頼風になるか、ご期待ください。


当日券あるそうです。観世九皐会事務所へお尋ねください。




鏡板 触れてみよう能楽の世界

nohbutaimakuai1miniai


この夏の制作。

能舞台の鏡板の松は、いろいろの決まりごとがあると言われています。
松の姿、葉の数、陰陽和合の幹の姿など私が知る限りでもいくつかあります。
しかし、日本中の鏡板の松は、ほとんどどれ一つとして同じものはありません。
これは、とっても不思議だなと思います。
しかし、年経た舞台の老松の姿はどれも素敵です。
これも能の魅力の一つと思います。

江戸時代の江戸城にあった能舞台の松が最も格式が高いと、うかがった事がありますが今は消失しています。また、その松に遠慮して、決まり事を少し外して描くものとも聞いたこともあります。
その昔、再建した矢来能楽堂の松を描いていただいた時、亡き父は絵師の手伝いをしたと言っておりました。もっと詳しく聞いておけばよかった。


そして、これが一番重要だと思いますが、鏡板というのは、神様と同じだということです。
歌舞伎他で使うのは、松羽目。
すなわち能舞台を模した松の羽目板という意味かと思いますが、能舞台は、鏡板といいます。
神社の神殿にある鏡と同じだということですね。
したがって、本来は鏡であり、その鏡に映った松だということです。
で、この松が影向の松。すなわち、神霊が松を依代にして降臨した松。
それを写しているということだと思います。
なので、画家が己の創作欲をもって書くものではなく、神社を建てるが如く神に畏敬をもって書かせていただくものだと聞いております。

ま、そんなことなわけで松一つとっても大変な事のわけですが、諸事情ありて劇場用に新しく松の絵を写した大きな布を制作することなりました。8月30日にお目見え予定です。
もとより能舞台の松には遠く及びませんが、ミューズの音楽ホールを少しでも能楽空間に近づけられたらと思います。
実際の能舞台の鏡板とホールの大きさが違う事もあり、よく云われる七五三の葉数とはせず、また現代の製作技術を使っての事ですが、気持ちとしてはそこに能楽の神様が降りて下さればと、そんな思いでいます。
この松の前で、能「橋弁慶」を上演します。
稽古も順調な子供ワークショップ出身の義経の好演を乞う御期待。

所沢ミューズ「触れてみよう能の世界 」予告編配信96秒です。
チケットございます。お求め安い普及価格です。
はじめての人こそ是非お越しください。
詳しくはミューズまで。
twitter
ギャラリー
  • 六条御息所夢幻
  • 六条御息所夢幻
  • 六条御息所夢幻
  • 伝説の琵琶 九皐会11月予告1
  • 御礼能楽祭
  • 御礼能楽祭
  • 御礼 触れてみよう能楽の世界
  • 八月22日触れてみよう能楽の世界 プレ講座終了
  • 八月22日触れてみよう能楽の世界 プレ講座終了
  • 再掲 第16回触れてみよう能楽の世界 巴 事前講座7月10日キューブホール
  • 再掲 第16回触れてみよう能楽の世界 巴 事前講座7月10日キューブホール
  • 第16回触れてみよう能楽の世界 巴 事前講座7月10日キューブホール
  • 第16回触れてみよう能楽の世界 巴 事前講座7月10日キューブホール
  • 御礼 遠藤喜久の会
  • 客席風景 5月23日 再掲
  • 客席風景 5月23日 再掲
記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

nohgakuhanabutai

カテゴリ別アーカイブ
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ