能楽夜ばなし

能楽師遠藤喜久の日常と能のお話

遠藤喜久

女郎花 男と女は難しいね

日曜日に迫った九皐会定期公演。
申し合わせも済みました。

女郎花(オミナメシ)ですが、いざ演じる立場で考えてみると、この曲の前提となっている、男と女の話が、わかったような、わからないような。
このところ頭を悩ませていたのです。
グズグズと書いておりますので、お暇な方はお付き合いくださいませ。


そもそも能、女郎花の主人公たる小野頼風って、何者なのでしょう。
この女郎花伝説の原点と言われる三流抄という古書には、八幡の人と書いてあります。それ以上はよくわからない。

能の台本も同じく。昔そういう人が居たらしいという話になっている。

この当時の結婚観は、通い婚で、それなりの甲斐性がある人は、幾人かの女性の所に通っていたようだから、今と感覚は違うだろうけど、女郎花の二人は、都で一応夫婦(婚約)関係にあり、迎えに戻ると約束しながらも、そこから男一人、八幡に戻って来る。

なぜ一人で戻ったのか。

それは仕事の為だったのか、実はその女性と少し距離を取りたかったのか、あるいは何か家の事情だったのか、それとも家に実は本妻がいたのか、その本妻と別れ話をするためだったのか、はたまた別の全く恋人が出来たのかは、能台本からは、わからない。


でも結局のところ、日が経ち、男が迎えに来ないので痺れを切らして都から追って来た女性は、自分が男に捨てられたと誤解?をして、死んでやるー!と身投げする。コワイコワイ。

なぜ誤解したのか?

三流抄という原作本?では、留守の者が、他に新しい妻が出来て、そっちに行っていると答えたので、絶望したとある。

うむ。これなら、明らかに裏切ったので、なんとなく納得出来る。

でも能台本は、そこは、間狂言がさらりと触れるだけ。
留守の者が心なく答えたので、女は、男が心変わりしたと誤解したという感じになっている。

当時の人は、女郎花の昔話を皆知っていたのが前提となっているのか、その説明はあまりされていない。

こないだ現地行った時見た伝説の説明文では、男の足が遠のいたとか、新しい奥さんが出来たとか、そんな事も書いてあったような。。。

何故男は、後を追って死んだのだろうか?

三流抄では、新しい妻の存在が出てくるのだが、そういう人がいて、あとを追うか?
何か政略結婚のような気の進まない相手だあったが、心は都の女にあったとか。
何かすっきりしない。


この疑問を解消するためなのか、能台本は、話をシンプルにするために、本妻さんや新しい恋人の存在には触れず、留守の者との、やり取りで勘違いした事になっている。

あくまでちょっとした誤解で、男はその女性が好きだったんだなという話。

必ず迎えに行くと言ってすぐに行かずに誤解を招き、好きな彼女が自殺し、罪の意識に苛まれ、後を追ったという筋書きだ。

女郎花の男女の伝承は、その後のことは、伝わっていないので、旅僧の弔いに出てくる後半は、能独自の部分。

後場の旅僧の弔いの前に、女は、男と現れてもなお、[恨むらさきか、葛の葉の ]と謡い、死しても男に恨みを残してる。
先に身を投げた彼女は、死んでも恨んでる。。。許してない。
花になっても、男が近ずくとなびき退き、離れると元に戻る。

こうなると、あと追った男は報われない。

あなたがちゃんとしないから、不安になって、それで誤解して、おかげで私が死んでしまったのは、全部あんたが悪い!
今更あんたが死んでくれても遅いわ。どーしてくれるのよ私の人生。
もうあんたなんか嫌い!と(まあ、そう思ったかはわからいけど)恨んでいる。

やっぱり小野頼風が、どうにもこうにも悪いのだろうと思えてくる。

女性に、これってどう思う? と尋ねると、十中八九、この男が悪い!
そんなの当然だ!と言われそうだ。



能台本では、死後もなお、頼風は地獄で恋人を求めて、もがき苦しむ。
山の上に恋しい人を見つけて登るが、その山は、剣の山でズダズダに引き裂かれ、岩で骨を砕かれるのだ。
それが永遠に続く。怖い。


しかし、
前半では、旅僧の前には、この世で女郎花の花になった妻を守る花守として化現する。
妻の花が咲き乱れているのだ。まるで天国だ。

それはまさに頼風が夢見た幻の風景なのかも知れない。

長閑な女郎花の咲く野原で、風流に和歌など歌っている。

で、壮麗な岩清水八幡宮まで参詣する。

能の後半の地獄模様とは打って変わって長閑なのだ。

一応後半に続く伏線なのだが、あまりに長閑な場面が続く。しかし、
突然、実は、妻が自殺しまして、私も自殺しましてという展開に強引に持っていかれる台本なのだ。

なんか、言葉にすると、そもそもは凄惨な事件なのである。
能になると、やんわりとした感じになるが、テレビドラマならかなりディープな話だ。

しかも事件の現場は、放生川。
生きる魚を放って功徳を得る放生会をする神聖なところな訳で。
土地の人なら知ってるだろう神域に、知らずに入ったとは思えないのである。
婚約不履行でカッとなってしまったか?
もし、神聖な川だと知ってたとなると、男が神事に関わる人であてつけたか。何れにせよひどく罰当たりな場所だ。
そして男も、よくそこに後追って入ったと思う。罰当たりますよ。本当に。
まあ、だからそれも含めて罪は重くて地獄に堕ちたのだろうけど。


それでも。それでも男は女の後を追った。そういうことなのかなあ。
その執着が罪である。

あのさー。頼風さん。
初めからこんな事になる前に、何とか出来なかったのかい???と、聡明な皆さんは思われる事だろう。僕もそう思う。

でも、それだと物語にならない(笑)

で、男と女の間には、きっと他人には想像もできない事が沢山あるのかも知れない。子供にはわからない。


妻 かの頼風に契りを込めしに
頼風 少し契りの障りある。人まを まことと思いけるか。


この二人を引き離した、障りとは何だったのか、最後まで分からずじまいであった。

原作らしき話から離れて、能のオリジナルな脚色台本は、詳しくは語らない。


曲舞の中で、「ひとえに我がとがぞかし」自分がいけなかったと嘆いている。

それ以上は語られないから、この行き違いは二人だけの永遠の秘密なってしまった。

誤解で身投げなんてねえ。

実に隙間の多い台本であれこれと妄想膨らむ演目なのであります。

最後は、岩清水八幡宮の本家とも言える宇佐八幡宮のある九州から来たという旅僧(佐賀県の松浦潟から来たと冒頭に名乗るが、宇佐八幡宮は大分県であるから近くもない)
が弔って、成仏に向かわせて終わる。

どこか曖昧模糊とした作品であるが、ある人にとっては、とても考えさせられたり、身につまされたりするのだろうか。。

さて、どんな頼風になるか、ご期待ください。


当日券あるそうです。観世九皐会事務所へお尋ねください。




鏡板 触れてみよう能楽の世界

nohbutaimakuai1miniai


この夏の制作。

能舞台の鏡板の松は、いろいろの決まりごとがあると言われています。
松の姿、葉の数、陰陽和合の幹の姿など私が知る限りでもいくつかあります。
しかし、日本中の鏡板の松は、ほとんどどれ一つとして同じものはありません。
これは、とっても不思議だなと思います。
しかし、年経た舞台の老松の姿はどれも素敵です。
これも能の魅力の一つと思います。

江戸時代の江戸城にあった能舞台の松が最も格式が高いと、うかがった事がありますが今は消失しています。また、その松に遠慮して、決まり事を少し外して描くものとも聞いたこともあります。
その昔、再建した矢来能楽堂の松を描いていただいた時、亡き父は絵師の手伝いをしたと言っておりました。もっと詳しく聞いておけばよかった。


そして、これが一番重要だと思いますが、鏡板というのは、神様と同じだということです。
歌舞伎他で使うのは、松羽目。
すなわち能舞台を模した松の羽目板という意味かと思いますが、能舞台は、鏡板といいます。
神社の神殿にある鏡と同じだということですね。
したがって、本来は鏡であり、その鏡に映った松だということです。
で、この松が影向の松。すなわち、神霊が松を依代にして降臨した松。
それを写しているということだと思います。
なので、画家が己の創作欲をもって書くものではなく、神社を建てるが如く神に畏敬をもって書かせていただくものだと聞いております。

ま、そんなことなわけで松一つとっても大変な事のわけですが、諸事情ありて劇場用に新しく松の絵を写した大きな布を制作することなりました。8月30日にお目見え予定です。
もとより能舞台の松には遠く及びませんが、ミューズの音楽ホールを少しでも能楽空間に近づけられたらと思います。
実際の能舞台の鏡板とホールの大きさが違う事もあり、よく云われる七五三の葉数とはせず、また現代の製作技術を使っての事ですが、気持ちとしてはそこに能楽の神様が降りて下さればと、そんな思いでいます。
この松の前で、能「橋弁慶」を上演します。
稽古も順調な子供ワークショップ出身の義経の好演を乞う御期待。

所沢ミューズ「触れてみよう能の世界 」予告編配信96秒です。
チケットございます。お求め安い普及価格です。
はじめての人こそ是非お越しください。
詳しくはミューズまで。
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