能楽夜ばなし

能楽師遠藤喜久の日常と能のお話

菊慈童

上村松園展2 序の舞 菊慈童

昨日は定期公演の申し合わせ。リハーサルでして、若い人達に手伝って菊慈童の作り物に菊を仕立てておりました。能の舞台道具は、リアルな物ではなくて、可能な限り簡潔で簡素であります。菊のまがきをしつらえた藁家や台。
不思議な生命力を湛えた枕や慈童の住む園を、実に簡素な舞台道具で表現します。菊は本物を使う事もありますが、総じて生花でないものを使う事が多いです。こうした舞台道具は、直前に仕立て、終わるとすぐに壊してしまいます。
勿体無いようでもありますが、出来たてをお出しするのが、食の常識であります。どこか能にも通じたところがあります。何年と使っている道具でありますので、真新しくいわけではないのですが、一枚一枚葉を拭いてゆきますと、微かに息づいて参ります。一つ一つをリアルに、あらわにしすぎないことによって、全体との調和がとれることもあるのです。

作りながら松園展の話題になり、はや行った人もいて、それぞれの好みの作品があって楽しい。結局その日も、帰りにもう一度寄り道して観て参りました。絵の中の娘達に会いたかったということもありますが、さらに感じる所があり、凄いものだなと関心しきりでありました。
「青眉抄」という画伯の随筆集を買い求めましたが、作品への心情が書かれていて面白いのです。あの「序の舞」につても書かれておりました。(なるほど。それであの場面のあの姿なのか。そこを絵に切り取る感覚が凄い。ふむふむ。と自問自答の自己満足であります・笑)

11月3日の講座への申込がボツボツ来ておりますが、機会があれば、是非上村松園展を見てから参加されると更に興味が広がると思います。私もよいタイミングで行けまして。幸運でした。明日は父の舞台です。なんだか祖父に似てきました(笑)。

菊慈童 九皐会10月定例会

名古屋公演も終わりまして、今週は東京の定期公演です。
父、遠藤六郎が「菊慈童きくじどう」を勤めさせていただきます。
この曲は、初級三冊本にも出てくる、能としては短い演目です。
現代の演出では1幕物で、45分かかるかどうかの作品です。

舞台は中国の「れっけん山」という未踏の地。
その山の麓から霊泉が涌き出でたので、魏の王に使わされた探索隊が、その源のを求めて訪ねて行くのです。
その未踏の山奥に、なんと不思議なる菊の花園があり、そこには命が芽吹き花々が生い茂っていたのでした。そして、そこには700年間、童の姿のまま精霊の如く仙人となった慈童が一人暮らしていたのでした。

今回は、芸歴70年を超える父が、700年生きた童子を演じるというのが、まあ、見どころになりましょうか。
なんでもこの曲は、父の父、すなわち私の祖父の久六郎知久が、最後に舞った曲だそうで、その祖父の享年を超えた父が、一つのけじめとして舞うそうです。
真意は定かではないですが、追悼の思いがあるのかと思います。

短い能ながら、華やかな生命力に満ち溢れ、その命が伝えられて行く珠玉の作品だと思います。
よろしければ是非、お出まし下さい。

チケットのお問合せは、観世九皐会事務所へ。
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