能楽夜ばなし

能楽師遠藤喜久の日常と能のお話

女郎花

女郎花 純愛

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先日の公演の後日談になるが、
稽古場で、女郎花の観能の感想を伺っていたら、
社中の女性の一人に、あれは純愛ラブロマンスではないかとの感想をいただいた。

能では、男が留守の間に訪ねてきた都の女性が、男が心変わりをしたと誤解して命を絶ち、男も後に続く話になっているが、若い純情純真な男女にありがちな、すれ違いによる悲劇で、女性は都の少し身分のある純な女。男もひどく誠実な男性で、それゆえに後を追ったと。そのように見えたとの事だった。

純愛ねえ。。。と、私が珍しげに呟くと、
「先生も若い時はきっとそうだったと思うのです。若い頃は、ちょっとしたすれ違いや誤解で、傷ついたり喜んだり思いつめたりといった恋愛をしていた頃があったと思うのですよね」

そう云われて、思わず遠い目をしてしまった(笑)。
昔の記憶を探してみると、確かに自分にもそんな年頃があって、しかし、年とともにいつの間にか分別もついてしまうものだ。

しかし。
あの頃の自分であれば、女郎花の男女のような結末があっても、おかしくはないかもしれない。

と、いささか錆び付いた自分を自覚させられて凹んだが、そうやって観ると、この凄まじくもある話が若々しい男女の美しい浪漫のある話にも見えてくる。


実を言えば、私自身は、この曲を演じる際に、死してなお離れぬ執心の凄まじさに、人間の男女の業や欲望に触れた気がして、救われない気分になっていた。
能で演じると、それがいくぶん和らぎ、女郎花の可憐な黄色の花が咲くが、その花の咲く土中に深い闇を見ていた。

なので、この感想を聞いて少し気分が晴れやかになる思いだった。

人は、見たい景色を観る。

社中の女性が見た景色は美しかった。

そして、私が見た闇は、もしかしたら自分自身の闇であったかと、いささか愕然としながら、舞台を振り返った。(了)

女郎花編は、これにて完結。
 ありがとうございました。







諸国一見の能楽師 女郎花 おみなめし 恋の道は険しい

10月9日に迫った九皐会定期公演で、女郎花(おみなめし)のシテを勤めるので、京都石清水八幡宮に参詣しました。(書き足しているうちに、文章が長くなりました。)

この曲、ちょっと分かり辛いだろうから、ざっと能の物語を追います。

この曲のワキは、九州から都見物に上京した旅僧で、旅の途中に故郷の宇佐八幡宮から勧請した石清水八幡宮に立ち寄る事にします。
(ワキというのは、ワキ方の演じる役どころ。対して、私はシテ。前半は、花守の老人。後半は頼風の二役。)


その八幡宮のある男山の麓で女郎花の黄色い花が今を盛りと咲き乱れる野辺にたどり着きます。
古歌にも読まれた花であり、お坊さんが一本の花を手折ろうすると、それを一人の老人が忽然と現れて、呼び止めるところから物語は始まります。
(能では、呼びかけと言って、橋掛りの五色幕の中から声がかかります。どこからか忽然と現れる。そんな風情です。)

老人は、野辺の花守りでした。
古事の古歌を引き合いに出して、花を手折ろうとする僧を諌めますが、僧は反論の和歌を口ずさんで、風雅な歌争いをしながらの問答となります。

しかして、ついには旅僧に言い負かされて、花を取らずに去ることにしますが、その時何気に口ずさんだ言葉が、古歌の言葉と重なったので、老人は旅僧に心得ありと喜び、一本だけ花を折ることを承諾します。

この歌問答くだり、幾つもの和歌が読み込まれており、そこが風流な味わいなのですね。

中でも、僧正遍昭の歌が読み込まれてくるところに色気があります。

僧正遍昭は、桓武天皇の孫にあたり、もとは岑宗貞と名乗った貴族でした。
出家するまで仁明天皇に仕え、「色好み」(良く云えば恋多き男?)と噂された人でしたが、35歳で出家してからは、遍昭と名乗り歌詠みとしては六歌仙の一人に選ばれています。

誰もが知る能、「羽衣」のクセの謡い「雲の通い路吹き閉じよ乙女の姿しばし留まりて」は
出家前の宮仕えの頃、五節の舞を見て詠んだ歌「天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ 」(古今集)を取り込んでいると思われます。

そんな酸いも甘いもご存知の遍昭が詠んだ歌などを引き合いに出しながらの歌問答。

折りつればたぶさにけがる立てながら三世の仏に花たてまつる(遍昭)

秋の野に なまめきたてる女郎花 あなかしがまし花もひと時(遍昭)

名にめでて折れるばかりぞ女郎花 われおちにきと人にかたるな(遍昭)

女郎花よるなつかしくに匂うかな 草の枕も交わすばかりに
女郎花憂しと見つつぞ行き過ぐる男山にしたてると思えば

こんな元歌が台詞に読み込まれています。

女郎花は、若く美しい女性の事も暗示していますから、おのずと色気のある歌ばかり。

その花を手折るというのは、女性との契りを暗喩しています。
お坊さんが、女郎花を手折るのを、ちょっと待って♪ と止めるのには、そんな暗示があるのですね。

そして、実は、その女郎花こそは、この山の麓の放生川に身投げして、その後、花に生まれ変わった妻の事であり、この花守の老人こそは、その女の夫(小野頼風)の化身であり、女郎花を折ることを止めるのは道理で、花(妻)を守る人として現れたのです。
この夫婦(今の感覚だと恋人に近いかな)の事は、後半に明らかになってゆきます。



さて、この旅僧。
八幡様にお参りするのが目的だったが、女郎花の花に惹かれてすっかり時を過ごしてしまったとこぼします。
すると老人は、自分も参詣するところだから案内しようと、二人は石清水八幡宮のある男山を登って行きます。

ここまでが、序盤。
トントンと話が進まないところが、この曲の味わいと、解釈してください。

せっかく女郎花の花畑にいるのに、男山に伝わる男女の悲恋話に一気に進まずに、いったん八幡様参詣へと場面は変わるのです。

ま、男山の麓に来たら、目の前の山にある石清水八幡様を拝まないわけにはいかない。
それ程の八幡宮です。

というわけで、私も京都府八幡市にある男山、石清水八幡宮へ参詣。

頃は、9月下旬。
何世紀の時を経た現代の私が、石清水八幡宮を懐に抱く男山を訪ねたのですが、なんと一本たりともこの黄色い女郎花の花を見ることは出来ませんでした。

木津川 宇治川 桂川の三河川が交わり、淀川となりますが、この山のすぐ麓の川辺りまで行けばあるいは、見えたかも知れません。
最初にワキがやって来たのは、川向こうの山崎でしたから。

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さて、石清水八幡宮に下から歩いて登ったことのある方は、これがかなり大変な上り坂である事は、ご存知かと思います。
現在は石段があり、それでも30分位はきつい坂が続きます。

でも私は、行きはケーブルで5分(笑)。
帰りは、汗びっしょりになりながら、20分以上の苔で滑る道を下りました。

そもそも、ここは、石清水。
麓の岩に水が湧き出たことに由来するとか。
山肌にも水が伝っているようで裏参道などは苔むしていて風情があります。
神主さんに「滑りますから気をつけてください」と言われた通りで、帰り道、ぬかるんだ坂で小さな蛇にも出くわしました。
ご苦労さんと言われた気がして、ちょっと嬉しかったです。


*ここ訂正しました。
能のテキストでは、まず麓の放生川を見込み、そして御旅所を拝みます。
この御旅所は、今は麓の一の鳥居側の頓宮殿の事のようです。
そこから山を上って行くところが、下歌、上歌に読み込まれています。
もしかすると現在と台本に書かれた当時では位置関係が変わっているかも知れません。

一ノ鳥居から望む男山
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御旅所辺り
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能は省略の芸術。
あるものを省き、観客の想像に委ねる。
物だけなく、時間や空間も圧縮、省略して飛び越える。無くてもある。
見えなくてもそこにある。

演者は、客席の方に向かって静かに三足ほど前にゆっくりと歩みます。
それで野原からいよいよ八幡宮の麓にやってくる。
この三歩で、場所と時間を飛び越します。

え、それだけ?

とか、言いたくなるのをこらえて下さい。

これが芸の見せ場であり、観客にとっては想像の肝なのです。

ただ、わずかに歩む。
それで、景色が変われば、しめたもの。
大事な事は、目では見えないのですね。

そんなわけで、この三足は、自ずとしっかり(ゆっくり)になります。


さて、今回伺った石清水八幡宮は、今年国宝に指定されました。
この石清水八幡宮は、大変な歴史と由緒を持つ神社なのに駅前も町も案外ひっそりとしてました。

朱塗りの社が実に美しい。
信長、秀吉、そして徳川と、名だたる大名がこぞって修復したという立派な社。

西暦859年創建の歴史を誇り、都の裏鬼門の要として建てられ、国家守護を祈念する伊勢に続く第二の宗廟と言われて皇室の御崇敬も厚い。
この作品が書かれただろう室町時代、かの世阿弥さんを見出した将軍足利義満の母上は、この岩清水八幡宮所縁の善法寺家の人であり、八幡は、足利尊氏以来崇敬され義満自身も、十数度と参詣している。
なので、ここをストリーに盛り込まないわけにはいかないのであります。


私は、参拝見学コースを申込んで、平清盛が舞を舞ったと云う内陣の舞殿で参拝し、伝左甚五郎作の見事な彫り物で囲まれた結界の瑞垣や、織田信長寄進の金の雨樋、そして、武内宿禰の武内の神をお祭りするとこなどを見せていただきました。
清盛が舞ったその場所で、参拝だなんてロマンがあります。

山の展望台からは、遠く鬼門の守り比叡山を望むことが出来、現代の京都の街並みが軒を連ねていました。

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能では、その景色を、巌松がそばだって。
三千世界もよそならず千里も同じ月の夜。
月光に映える朱色の神殿の瑞垣、錦の幕が壮麗な佇まいの社の前に立つと、ありがたさが込み上げてくる。と謡い上げます。

さて、話に戻ると、神社まで旅僧を連れてくると、老人はもう日も暮れたから帰ると言います。

すると旅僧は、
ところで老人、女郎花とこの山なんか関係あるのですか???

などと、今更、ずっこけるような質問をするのです。
えー。最初の歌問答はなんだったのよ、、。
なんもわかってなかったのね、お坊さんは。

ということで、老人は、旅僧を、女郎花のいわれの塚へと、再び山を下って、引っ張って行くのでした。

この時、先程と同じように、静かに三歩舞台を歩みます。
これで、山の上から麓の塚のあるところまで、場所と時間を飛び越します。
実際には汗だくの20分でした。

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舞台では三歩ですが、麓に来た頃には実際にはそれなりの時間が経っていて、辺りはもう暗いのです。
(能は、照明が落ちませんから、心の中で月明かりを想像)

いよいよ、男女の二つの塚の前に来た二人。

この塚のいわれを聞かせてよ。と僧に尋ねられた老人でしたが、

恥ずかしや、古を語るもさすがなりと云って、夢のように闇の中にかき消えてしまうのでした。

えー!
ここまで引っ張っておいて、この男女の事件を語らずに前半終わるの?
後半に「つづく」になるなんて、今のテレビドラマみたいです。


と、まあ、なかなか長い前半。
岩清水参詣を間に挟むので、一気に物語の核心に近づかないのですね。

現在、男塚と、女塚は市内の1,5㎞離れたところにあります。
男塚は、街の中にひっそりと。
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女塚は、松花堂庭園に。実はこの日、行ってみたら休館日。
女塚には会えずじまい。
小野頼風役の私は、なびき退けられたようでした。


(ここで前半のシテの老人は中入りし、続いて 間 アイ と言われる狂言師が役を勤める麓の男の語りが入ります。)

老人が消え去ると、麓に住む男がやってきて、小野頼風夫婦の身投げ事件の顛末を語ってくれます。

都に出た時に、女と契りを結んだ小野頼風でしたが、忙しくなり、男山に戻って仕事しておりました。
現代で言えば、都会で同棲し、結婚の約束をして、すぐに迎えに行くからと行って地元に帰り、でも仕事が忙しくなって、ろくに連絡もしないでそのままになってしまった。
そんな感じでしょうか。

やがて女は、心配になり男山の頼風の元を尋ねますが、あいにく頼風は山上に用事で出ていて留守でした。
ところが中から、誰かがひどく横柄に、*「今いないよ!帰んな!」と返事をしたので、男が心変わりしたとすっかり誤解した女は、失望して麓の放生川に身を投げてしまったのです。
あたりの人は大騒ぎになりました。
そこへ騒ぎを聞きつけて戻った頼風は、女の亡骸を土中に埋めて女塚としました。

またその時着ていた山吹色の衣も埋めたのですが、そこから女郎花の花が咲き、この山の名草に成ったこと。
そして頼風も、やがて後を追って身を投げて男塚に葬られた事など、この山の伝説が語られます。

*(実際の舞台では、ただ「中より荒けなく」答えたとあります。でもこれ、何となく中から答えたのは女性のような気がしますよね。)
(###元の言い伝えでは、やはり女性だったとの説、留守の者が、別の女の人のところに行ったよ!と答えられたなど、諸説ある模様)

現在の放生川。
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放生川に架かる安吾橋から見た男山。
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旅僧は、麓の男に、さっき不思議な花守の老人に会った事を話します。

すると、「この辺りにそんな老人はいないよ。それはきっと小野頼風の魂が、老人の姿になってやってきたんだよ。
お坊さん、弔ってあげなよ。」
と、いわれて弔いをしていると、いよいよ、かの男女の亡霊が現れて救いを求めるのであります。


能では、恋の妄執といって、この執着心ゆえに地獄に落ちるとされています。
恋愛には、嫉妬や独占欲など、色んな欲望が付きまとう訳で、仏教では、それが要因で地獄に行くと描かれているのですね。

この能の後半では、入水事件を再現して舞語り、女は男に執着し、男も女に執着して、地獄に落ち、男は地獄の山の上に女を見つけて、剣の山を登って刺し抜かれ、岩で骨を砕かれる苦しみを受けていると訴え、最後は救いを求めて消え失せる壮絶なラストです。

まあ、自ら執着の手を離せばいいのですが、それが出来ない頼風でした。

険しい剣が待っているというのに、それでも人は、恋をするのでしょうねえ。
それが人間らしくもあり、共感を呼ぶところなのかも知れません。


と、この曲、内容が物凄く盛り沢山で手強いですが、頑張ってみたいとおもいます。

お問い合わせは観世九皐会事務所。チケットあります。click!矢来能楽堂










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