能楽夜ばなし

能楽師遠藤喜久の日常と能のお話

山姥

山姥3 

さて特別公演の山姥も近づきました。
日本に古くから伝わる「山姥」について多くの方が本を書いています。しかし、雲水の如くその実態につかみ所がない.
ある時は「鬼」、ある時は「人」、ある時は「自然」と姿を変え、鬼の心と母性の創造力を兼ね備え、我々の住む境界の向こう側にいる者。
そんな「山姥」を主人公にしただけあって、この曲も不思議な奥行きを見せています。

そして、この台本には、日頃聞きなれない仏教熟語が出てきたりしますから、難しいと思われる方もいると思います。

以前、流友演者がブログに詳しい解説を載せているので、今回、私は解説を載せずに行きたいと思っていましたが、リクエストを受けましたので、ざっくりと超訳を交えて、ストーリーの流れを追ったものを載せますね。

お話の流れ自体は、凄く分かりやいと思いますから、御伽噺を見るように気楽に観ていただいてよいと思いますよ。
なお、以下の文章は、ストーリーの重要な部分を私流に勝手に解釈して書きますから、ご了承の上、お読み下さいませ。



最初に登場するのは、伝説に伝えられる「山姥」の歌を作り歌って、都で一躍有名になった遊女の「百万」と、その従者です。
百万は、山姥の曲舞(当時流行の歌と舞)で当たりをとったので、都人に「百万山姥」とあだ名されていました。

そして、都から善光寺詣でをするために、海路で都から富山と新潟の間の境界にある境川につきます。そして、そこから南へ山越えをして善光寺に行くことにします。
「よきひかりぞとかげたのむ ほとけのみてらたずねん」と冒頭に従者が歌うのは
「善き光ぞと影頼む 仏の御寺訪ねん」とまさに善光寺詣での趣旨を語ります。

《なんでわざわざそんな危険な山道を通るのかというと、それが本尊の阿弥陀仏が善光寺へ向かうときに通った路であり、これも修行の旅だからとあえて険しい道を選択したのでした。観世流の謡本には、母の追善の為とかいうことは書いていませんが、他流の台本には、その動機が語られています。
地元の人の話だと、善光寺に行くのに、普通はそんな難所はわざわざ通らないのではとのこと。もっと楽なルートが色々あるのに、まして、都のスターがそこは通らないのではと。しかし、ここを通らないとお話が始まらないのであります(笑)。なぜならこは有名な山姥の伝承地であったのです。また当時、日本海側の交易が行われ、比較的人の行き来が頻繁であったようですね。また、この辺りは青い鉱石も取れたようで、後半の冒頭の謡いはそれを暗示させる詞章に思います。作者がそこに着想を得たように思います。》

こうして一行が山に入ると、にわかに日没し、辺りは暗闇となって立ち往生します。(能舞台では、なんといっても舞台は明るいわけで、セットの転換や照明がありませんから、舞台のセリフから、そんな気配が伝わるといいです)

そこへ、突然山奥から年長けた女が現れて、宿を貸してやるから泊ってゆくがよいと案内します。

謎の女が橋かかりから舞台入り、そこで、女の庵の中へと場面転換します。


さて、この謎の女は、一行に向かって云うのには、「泊めてやったのには、理由がある。山姥の歌を歌って聞かせて欲しいのだ、その為に日を沈めて立ち往生させたのだ」と、驚くべき事をいきなり切り出します。

こんな人里は離れた山奥で、いきなり都のスターである百万を名指しして歌を歌へと、ましてその為に太陽の運行を変えたのだという女に、従者は驚き怪しみ百万をかばって素性をとぼけます。
しかし、この謎の女をごまかす事は出来ませんでした。
「その人は、あの百万山姥ではないか。あの歌、百万が歌った『山姥』の曲舞のサビの面白いこと。
【善し悪しびきの(よし脚引きの)山姥が、山巡りするぞ苦しき】とは、なんどおもしろい。」と不気味に喜ぶのでした。

「お前達は、本当の山姥を知っておるのかえ」と女は尋ねます。

「や、山姥とは、山に住む鬼ではないですか・・・」

「女の鬼・・・。ふふふ。それもよかろう。鬼であろうと人であろうと、山に住む女には違いない。それならば、この私のことを云っているのではないかえ」

「道を極め、名を立てて、世上万得の妙花を開いたのは、この私のことを歌った曲舞の歌があったればこそではないか。それなのに、私の事を心にかけたこともない。わたしは、その事を云いに出てきたのだ。
お前があの歌を私に歌ってくれれば、その歌の力で、私は六道を巡る迷いの世界から解き離されて、ついに極楽へと行けるのだ。さあ、私の徳を称えた歌を歌っておくれ」

ついに謎の女は、その正体を明かします。
恐れおののいた百万は、あわてて歌を歌おうとします。
「いや、暫く待て。再び日の暮れるのをまって、月夜に歌っておくれ。そうすれば、私は本当の姿をお前にみせよう。そして、お前の歌でわたしが舞って見せよう」

そういって年長けた謎の女は、突然姿をかき消したのでした。
闇に包まれていた辺りは、再び明るくなり、時間を取り戻します。

ここまでが、舞台の前半です。


ここから、所の者が、月が出るまでの時間、山姥について知っていることを語って聞かせます。

やがて月が山にかかると、百万が歌いだします。

するとその声に誘われるように遥か山の奥から山姥が姿を現わします。

「あーらおもしろのしんこくやな」
「ああ、なんと奥深い山の谷の景色だろう」

「かんりんにほねをうつ れいきなくなくぜんじょうのごうをうらむ。
しんやにはなをくうずるてんにん。かえすがえすもきしょうのぜんのよろこぶ」
「いーや、ぜんなくふに。なにおかうらみ、なにおかよろこばんや。ばんこもくぜんのきょうがい。けんかびょうびゅうとして」

さて、ここはセリフの音だけ聞くと、凄い節付けとあいまって内容が分からないと思いますが、ここが山姥の聞き所の謡いなのです。

「あら物凄の深谷やな、あら物凄の深谷やな 寒林に骨を打つ、霊鬼泣く泣く前生の業を恨む、深野に花を供ずる天人、返す返すも幾生の善を喜ぶ、いや善悪不二、何をか恨み、何をか喜ばんや、万箇目前の境界、懸河渺々として。」

なんと凄まじい谷であろう。遥か天上から地獄の底までを映すような景色だ。
前世の報いで地獄に落ちた鬼は、自らの骨を打ちながら己の罪業を恨み、よい因果を残して天人と生まれ変わったものは、自らの墓に花を手向け喜ぶという。
しかし、更に高みから見るならば、善も悪もないのだ。全ては、その時々に姿を変えて現れる事象に過ぎないのだ。そして、今我が目の前に広がる景色は、切り出されたようなごつごつした岩と、青く澄んだ水との織り成す、深い青の深遠なる自然の姿だ。

深山幽谷の大自然の景観と、天上界から地獄界までを俯瞰し、善悪不二という悟りの境地、真理を語る壮大な歌でありセリフです。

現れた山姥は、星の如く光る眼、雪のように白い髪、その顔は、赤く鬼瓦のようであり、百万は恐れおののきます。
そんな百万に、歌をせがむ山姥。

そして、百万は「よしあしびきの山姥が~」と曲舞の歌を謡い始めます。
舞台上では、ここから地謡とシテの謡いが一つになって、「山姥の曲舞」が謡われます。

百万の歌と、山姥の思いが渾然一体となって、見事なコラボレーションの曲舞になります。
《追記 このところは、話の流れ的には、ツレの曲歌に乗って舞う場面なのですが、シテが自ら語り舞うようにも思います。前シテで、「移り舞」を舞うという表現をしてるのですが、それが、この百万の謡う(実際は地謡が代わって謡う)「山姥の次第」から始まり、やがてシテと地謡の渾然一体となった曲舞に移ってゆく事をいっているのかと思います。》


歌の初めは、山と谷の壮大な景色を、仏教で語られる心の世界と重ね合わせて描き出し、やがてそこに住む山姥の事を語ります。
《この曲が、ただのおとぎ話にならないのは、こうした仏教用語を交えた宇宙観を眼前の世界と山姥の生と重ね合わせているからにほかなりません。もちろん私が、仏教を語れるわけもないので、ここでは多くを書きません(笑)ただ、我々が、自然を通じて、真理を悟ったり感じたるすることはあるわけで、深い谷や高い峰の奇跡のような心打つ景観に、大いなる真実の影を感じることがあるとおもます。》


この曲舞で歌われる、山姥は、けっして人食いの恐ろしい鬼ではなく、人を助ける優しい存在として語られています。

そんな山姥の徳のある姿を、都でも広めてくれと百万に頼みながら、そう頼む己の執着を恥じる山姥。

変幻自在に姿を変え、超自然的な力を持ちながらも、その執着故に六道を輪廻する世界から離れられない山姥。

やがて山姥は、自らの苦しみの様を、心の姿を見せて舞台を巡ります。
山を廻るその姿こそが、閉ざされた輪廻の環から抜け出ることが出来ない山姥を描き出します。

やがて別れの時が来ると、山姥は、雪 月 花 に舞い、時の流れと共に、うつろい流れて輪廻を巡る自らの運命を見せたかと思うと、深い山々の彼方に消え去ったのでした。



うーむ。手短にお話しようとしましたが、それでもかなりの量ですね。
かなり独善的な解釈なんで、他の方々がお書きになっているものとは違うかもしれませんので、どうぞ他の方の解説を参考にして下さい(笑)

書き終わって改めて思うのは、なんだかとっても山姥って人間的。
前シテでは、時を動かし、後シテの登場では、自然と一体化したような壮大な歌を謡い、曲舞の中でも、邪正一如、色即是空なんて、真理を語るのだけど、自らは、解脱出来ない姿を最後に見せるのですよね。

およそ生きとし行ける者、形あるものは、存在することが、既に執着なのかな。
妄執を逃れようとすることが、妄執というか。
真理がわかっても、どうにもならないもどかしさみたいな思いを感じます。
山姥の苦悩。いや、山姥を通した人間の苦悩かもしれません。

それでも、音楽や芸能が、そこから少しでも解き放ってくれる救いとなって欲しいとの願い。
この曲では、その救い手として、伝説の曲舞師の「百万」にある種の尊敬をもってご登場願ったと思います。
果たして、山姥が救われたかは分からないですが、ラストの部分で山姥が舞う姿、自然が織り成す四季の移ろいと共に生きる姿に、生きることの素晴らしさと喜びも、それはそれでちゃんとあるよねと、私自身はこの曲の救いを見出したいと思います。

いや、実にスケールの大きな作品です。
技術的にも難度が高いです。
90分を超えるだろう長い舞台であり、謡いの節も舞いも、心持やスケール感も演者に要求される事が沢山あります。
また、仏教的宇宙観を織り込み、世阿弥の伝書に登場する「百万」と同名の遊女を登場させ、世阿弥作との可能性も高いといわれだけに、この作品に色々な解釈がなされているのも、この作品の魅力となっています。

そういう意味で、本当に面白い作品だと思います。
精一杯勤めますので、どうぞ宜しくお願いします。














山姥1

今日は定期公演の申し合わせでした。終了後、7月25日の観世九皐会百周年特別公演の取材を受けました。この記念公演は、2008年の暮れから始まり、年に数回の特別公演の企画です。残すところ7月と11月でフィナーレを迎えます。能は、連続公演をしない1日限りの公演なので、演じるほうも、泣いても笑っても1回限りのまさに一期一会の舞台となります。

今回の舞台では、同門の長山君の「井筒いづつ」と狂言、仕舞、そして私の「山姥やまんば」と云う番組です。
大曲といってよい演目の2本立てなのが、特別公演ならではの番組です。
二人とも公演でかけるのは初演なので、その意気込みなどを取材では話しました。

長山君の意気込みを聞いていて、私も頑張らなければと大いに刺激を受けました。また、記事が出ましたらご報告します。

さて、やまんばというと、澁谷にいた若い女の子を想像する方もいると思いますが(笑)、彼女達のメイクに山姥とあだ名したのは、誰なんでしょうね。

髪にはおどろの雪を頂き(白髪をさす)眼の光は星の如し、面の色は狭丹塗りの(赤から顔)と、能台本にはあり、なんとも云いえて妙でありました。
日本には、各地にヤマンバの伝説や伝承、御伽噺が残っていて、現代の我々の記憶にも薄っすらと残っているようです。だから、ヤマンバギャルとあだ名された彼女達を見たとき、なんとなく皆、そのネーミングに納得したような感じあったと思います。

山姥とは、山に住む姥であり、人里から離れた「山」という人間の力の及ばぬ異界に住む者でした。

また公演に向けて少しずつ書いて参りますね。



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