能楽夜ばなし

能楽師遠藤喜久の日常と能のお話

九皐会

御礼三月九皐会 盛久

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盛久、昨日九皐会にて無事に終演しました。
お天気にも恵まれ、ご来場賜りましたお客様に心より御礼申し上げます。誠に有難うございました。

幕に入り時計を見ると自分で思うほど時間がかかっていなくて意外な感じがしました。
演じている方としては、京都から死を覚悟して関東に旅し、一夜の不思議な夢を見て由比ヶ浜の刑場に向かい、そして奇跡に遭遇。やがて頼朝に対面して夢の物語を語り、最後は祝宴の舞と。
実に不思議でドラマチックな数日間を舞台上で過ごしたような、本番ならではの濃厚な体験感のある舞台になりました。
共演の土屋役の森さんをはじめ、写真の舘田さん、囃子も地謡も熱演のお力添えでまとまりました。

もちろん例により反省も、色々思うことはあるわけですが、ノンストップのセリフの多い舞台をトラブルもなく行けたのは、まさに観音様のお陰かと手を合わせる次第です。

直面でしたので、お客様が物凄く集中してご覧いただいているのが、ヒシヒシと伝わってきて緊張が途切れる事なく勤められたのは、そうした場を作って下さったお客様のお陰です。誠にありがとうございました。
晴れやかなエンディングの曲なので、終われば私もホッとした感じがいたしました。

二部の喜正師の鞍馬天狗に着替えて楽屋の手伝いに参りますと、子方や囃子方にも次世代、次次世代のホープがズラリ出演で、初々しく可愛らしく華やかな様子に笑みが溢れました。皆々健やかに成長していって欲しいと思いました。




お詫び
さて、昨日ご来場のお客様には、5月23日の私個人の会の予告の仮チラシを一足早くお配りしたのですが、誤字、情報に多多間違いがございまして誠に申し訳ございません。
料金は正面7700円税込と脇正面、中正面5500円税込
開催日令和三年5月23日(日)二時です。
一番肝心なところが違いまして、お詫び申し上げます。本チラシは、キチンと修正いたします。大変失礼いたしました。

チラシ完成までもう暫くお待ちくださいませ。
どうぞ宜しくお願いします。







盛久 モリヒサ

盛久の申合せも終わりました。
これは昨年の3月から六月に延期になり、それが結局中止になり、今年の公演で同曲をリベンジをさせていただけるという事で、まさに一年がかりで、ようやく上演の運びとなる演目の舞台です。
九皐会一門でも盛久の上演は久しぶりです。

それだけ稽古してきたなら、さぞや上手くなっているだろうと冷やかされますが、大いに期待してご覧下さい(笑)
一生懸命勤めます。

あとはもう、見てのお楽しみにさせていただきますね。
当日宜しくお願いいたします。では。

3月14日日曜日 12時30分開演 盛久の見どころ聞きどころ あらすじ解説 

3月14日の九皐会定例会も迫りました。まるでお芝居のような筋たての面白い曲なので、

盛久の見どころ聞きどころ あらすじ解説いたします。(結末までの詳しいストーリー解説を含みます。)


盛久は、俗に三盛と称し、実盛・通盛と並び、謡いの難度が高い曲と言われています。

それだけ節回し、役の心持ち、物語の展開が複雑で面白く出来ています。

故に観世流の謡曲では、習い物という格付けの準九番習の一曲になっています。


盛久の能は、シテが面をかけずに直面(素顔)で演じる。ただし、素顔を面として演じるのであって、現代のテレビドラマの顔芸ような感情をあからさまに表情に出すことはなく極めてクールです。まさに能面のように。

しかし、生身の人間の顔だから、どれだけクールに演じても、自ずと滲み出るものはあり、その妙が見どころになると思います。

能面と同じく、特徴的でありながら観る人によって如何様にも解釈想像出来る素顔の面でありたいと思って演じています。



盛久は、今風に言えば、戦いに負けた側の名のある将校であり捕虜なので、勝った側(頼朝)に戦争犯罪人として裁かれる身です。

そして九分九厘、死刑を言い渡される運命でした。


この捕虜の盛久を預かるのが、土屋という頼朝側の武将であり、ワキ方が演じるキーパーソンです。京都から鎌倉へ盛久を護送して来ます。

この二人には戦場を戦ってきた男同士の友情や敬意のようなものが漂っています。

勝敗や生死は時の運。いつ立場が逆になってもおかしくない世の無常を熟知している二人なのだと思います。

現代の戦争映画にも敵同士の交流を描くものがありますが、能は、ひたすらクールで、二人のやりとりは淡々としています。しかし、どこか打ち解けて話す二人の会話は心地良い。

今回の土屋殿は、森常好師が演じます。大人の包容力が見どころになるでしょう。


盛久は信仰心の篤い男で、日夜観音経のお経を読み、自ら観音像を彫り祈るような真摯な男。戦さで戦う己の罪を知っていると感じます。


能の冒頭、盛久は今生の名残に清水観音の方へ輿(護送の乗り物)を向けるように願い、土屋はそれを聞き入れ清水に立ち寄ります。

舞台中央で観世音菩薩に祈る盛久。盛久は死を覚悟していて、再び来ることはないだろうと思っています。名残の桜も見納めと清水に別れを告げます。


清水観音に祈りを捧げた盛久は、一路旧東海道を鎌倉へと護送されます。

この場面が、道行という地謡で聞かせる場面。

東海道の名所を読み込んだ地謡の謡いに運ばれて鎌倉へとやって来ます。


舞台進行では、橋掛をぐるりと廻る行き道で、長い旅路を表します。

今は新幹線で4時間足らず、CMでは15秒の旅も、かつては徒歩。

能の道行も決して長くはないですが旅の風情が出れば良い場面です。


やがて再び一行が本舞台に戻ってくると、そこが鎌倉入り、そこからは処分を待つ屋敷の座敷での場面となります。

今でいえば捕虜収容所ですが、平家譜代の武略の達者と誉れ高い盛久への待遇は決して悪くありません。


土屋が訪れると、刑の執行を望む覚悟を漏らす盛久。

しかしまだ処刑までは一刻の猶予があり、盛久は毎日かかさず唱えてきた

お経を読みたいと所望します。


その清水観音経には、我(観世音菩薩)を真に信仰する者は、必ず助けると救済の誓いが書かれています。

そしてたとえ刑場で剣で斬られる時でも、その剣は、粉々に砕けるとも。

しかし盛久は、目先の救済を求めて経を読むわけはなく、魂の真の救済を祈っていると土屋に語ります。この場面、土屋が経を聴き入り、いつしか土屋も声を揃えます。


やがて明け方まで、盛久がひと時の眠りに落ちると、不思議なことに夢に観音の化身の老いた僧侶が現れて目が覚めます。


盛久は観音に感謝し、由比ヶ浜の刑場へいよいよ向かいます。


斬首の場につき、清水の方を向き、経巻を開き観音経を唱える盛久。


執行人が太刀を振りかざすと、盛久が手にした経巻より光が射し、思わず取り落とした太刀は粉々に壊れました。

観音経に書かれた通りの神秘が起きたのでした。


この不思議な出来事に直ぐに刑の執行は取り止めになり、盛久は頼朝の御前へと召し出されます。


能では、正面客席側が上座になり、そこに頼朝がいる設定で、実際の頼朝は登場しない。そのほかの武士や役人も能舞台の演出には、そこにいるけれど、観客の想像に任せてという演出をとり、土屋一人が登場している。


頼朝の御前。そこで語れる、前夜の不思議な夢の中の出来事。

夢に現れた老僧は、盛久の長年の誠の信仰を知っていて身代わりになると夢の中で約束したのでした。


能では、地謡がそれをクセと呼ばれる一連の聴かせどころで謡います。

それも聴きどころ。


不思議なことに、源頼朝も明け方同じ夢を見たのでした。


頼朝の言葉は、地謡が代弁します。


なんという不思議な夢の告げであろうか。それも同時に二人が見るとは。

盛久の信仰の篤さは、天に通じ、奇跡は起きた。

そのことに頼朝も感動し、そして自分にも清水観音の夢が下ったことにも

感じ入ったのでした。

清水の観世音菩薩が救った盛久の命を、頼朝はもはや奪えるはずもなく、盛久は、命を許され、頼朝に祝福の盃をもらって、舞を舞うよう所望される。


盛久は舞の名手であることも頼朝は聞き及んでいた。


盛久は、それならばと御前に出て鮮やかにめでたく舞を舞う。そして長居は恐れありとその場を退室し、一命を取りとめて能は終わります。


*伝承では、この後、盛久が清水観音にお礼参りに伺うと、処刑執行の同時刻、盛久が彫って寄進した観音像が倒れ破損し、盛久の身代わりになったと伝えられる。

その像は、八百年の時を経て巡り巡って東京上野公園にある清水観音堂の秘仏となり、毎年、盛久の奇跡の起きた二月の初午の日に年に一度だけ公開されて、清水観音の霊験を今に伝えている。



現代的に解説しても、とても劇的で面白い曲です。

深刻な物語の始まりから、徐々に盛久の人柄が明らかになり、やがて奇跡を経て、爽やかな颯爽とした舞で終わる後味の良い曲です。


映画にすれば信仰の奇跡を描く長時間の大作に出来る内容を、少ない登場人物と無駄を削ぎ落とした場面展開によって、凝縮した時間の中で物語を成立させている能の演出も見どころです。

観る方様々に想像をしながらご覧いただけたら面白いと思います。



矢来能楽堂は変わらず万全の感染症対策をしながら安全に運営しています。


そろそろ能楽堂へ足を向けてみてはいかがでしょうか。


ご来場お待ちしています。

チケットは、矢来能楽堂に直接ご連絡いただき、席の希望などをご相談いただければとお思います。お席には充分な余裕がございます。

よろしくお願いします。

本日は矢来能楽堂定期公演でした

朝アップした記事が何故か消えてる??
今日は、満席ですよーという情報でした。

仕舞の地頭と能船弁慶の地謡でした。

仕舞の地謡は、小唄、中ノリ、平ノリ、ロンギや切と色々出てきました。地謡いの聞かせところだったので違いが出せてたらいいのですが。

今日の能の子方はシテの長山さんのお孫さん。
今日は、ぜーんぶ彼が持っていったなあ(笑)
立派な能楽師になりそうです。楽しみです。

私は年内は九皐会で、いろいろと勤めさせていただきます。
そんなわけで今年の秋は個人主催の遠藤喜久の会はいたしません。
来年5月24日に矢来能楽堂でいたす予定です。


明日にでも年内の予定は、また告知しますね。
宜しくお願いします。

箙ebira

さて新学期ですね。
今週は九皐会が箙と国栖(えびらとくず)
何年か前に、今回の箙の古跡、神戸三宮の生田神社を訪れたのですが、その時の写真が出てきたのでホームページにアップします。
ここをクリック!

その時、箙の梅のすぐそばにこんな喫茶室がありました。
今度行ったら是非入ろう。
喫茶

右近 この扇

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昨日は九皐会。
釆女は、二時間の大曲でした。

右近は、桜に因んだ曲なので、昨日は替えの扇を使わせて頂きました。十数年前に大先輩の会で頂いた記念の扇。ようやく初使いでした。通常は葛扇ですね。

桜葉の神は、昔、右近の桜に紫雲たなびき、日輪が降臨し、奉られた神との伝承もあり、今回は、紫骨、金地、桜の扇の出番となったわけです。

ご来場ありがとうございました。
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右近(うこん) バレンタインデー2

日曜日の定期公演の申し合せも終了。
私が仕舞を勤める「右近」という曲は、九皐会ではちょっと上演頻度が少ない曲です。
右近の馬場というところがありました。
能の物語はその右近の馬場をロケ地にしたストーリー。
そしてそこに現れる女。

それは桜葉明神の化身でした。

右近の馬場、在原業平、桜葉明神という三つのキーワードがわからないと、このお話はわからないのです。

右近とは、近衛府、ちかきまもりのつかさ。奈良時代末期以降の令下官の一つで、内裏の警護のお役目をしていたセクションとか。
近衛大将といえば、大納言クラスといいますから、大変高い地位であります。
武官の最高位で、大納言、大臣、征夷大将軍が兼任することもあったということですね。で、左大将の方が地位が高く、摂関家が独占した。
北野天満宮に祀られ菅原道真公は、右大臣、右近衛大将にまで昇った。
(ちなみに政敵と言われた藤原時平は、左大臣、左近衛大将であった。)

で、右近の馬場とは、右近衛府の鍛錬所で、内裏の西側に位置していた。
ここに、菅原道真公亡きあと、この場所に祀って欲しいと神託が降りて、今日の北野天満宮が出来たと、由緒にあります。

ちなみに能「右近」の話の中で登場する在原業平は、道真の20歳年上。
同時代を生きた人です。道真が大宰府に流されたのは、業平が亡くなってだいぶ経ってからの話です。したがって今日の北野天満宮、道真公が祀られたのは、あとの話です。業平が歌を詠んだ頃は、もっと広い馬場に桜が咲き乱れていたのではないかと思われます。
で、それよりずっと後世に書かれたこの能ですが、道真公の話は語られず桜の名所として話が進みます。

さて右近の馬場は、今と変わらず桜の名所で、そこで、宮廷行事の騎射とか行われる。
見物人も大勢出ていたことでしょう。そこに来た在原業平が、物見車で来ていた車の、御簾からちらりと見えた女性に歌を読んでいます。(すぐに歌を詠むところがさすが・笑)

それがこれ。古今集に残された歌
「見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日やながめくらさむ」
色々訳文がありますが、(御簾越しに見えたようで見えないあの人が恋しくなって、今日はぼんやり、物思いにふけって過ごすだろう。)

その女性の返歌が、いいです。
「知る知らぬ何かあやなくわきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ」
知っていようがいまいが、あなたの思いこそが恋の道しるべではないでしょうか?

うむ。バレンタインデー向きだな(笑)
ちなみにこの二つの歌は、
「見もせぬ人や花の友、知るも知らぬも花の陰に
という 詞章に読み込まれます。これは「吉野天人」でも出てきますね。

桜の下での恋歌がなんとも艶があります。

さて、「右近」の能は、そうした歌がイメージの下敷きになっていて、鹿島神宮の神職さんが北野の右近の馬場の桜を見に立ち寄ったところ、物見車に乗った女と詞を交わす。ふと神職さんが業平の歌を口ずさむ(しゃれた神職さんだ)。
すかさず女が返歌を返して、会話が弾むのでした。
やがて、その女性は、この北野にも祀られる神。「桜葉の明神」とほのめかして消える。

後半はいよいよ桜葉明神(女神)が現れて寿ぎの舞を舞うという筋だて。

私が舞う仕舞は、この桜葉の神の舞です。
能台本に曰く、桜葉の神とは「王城鎮守の国を守るめでたい御神」
同じ桜にちなんだ吉野天人にイメージが近いですが、出で立ちは女神であります。

北野に現れた桜葉の神は、御池に姿を映し、桜の梢を翔って、やがて天に昇ったという。そんな詞章に乗って舞を舞います。

桜にちなんだ華やかな曲ですね。短い仕舞ですが、爽やかに勤めたいと思います。









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御礼

昨日は九皐会ご来場賜りましてありがとうございました。
いろいろとあった一週間でしたから、お客様も楽屋もいつもとは少し雰囲気が違ったように思います。

昨日は新調の袴が開演直前に届きまして、それで「兼平」を舞いました。
仕舞袴の職人さんの仕立てで、さすがに線がピシッとしています。
縦の線は5ミリの曲がりも許さない職人気質の方が作ったものですから、身に着けるこちらの構えが狂っていたら嫌だなー(笑)などと考えながらも、寸法ぴたりで気持ちよく舞台に上がれました。
終演後、皆で少し袴について話を伺い、袴作りにも伝えられる技術や伝統があることを知り勉強になりました。
ありがとうございました。

さて、来週は22日は、源氏物語の朗読と能と香の取り合わせで、五感で楽しむ源氏物語という催し。朗読人の舞台稽古にも熱が入ります。
今回は、朗読メンバーの中の唯一の男性、で、イケメン(笑)の役者の男の子に光源氏をお願いして、演劇的な要素も取り入れました。能楽堂で能以外の舞台は難しいのですが、今回は能の演出を取り入れることで、そのハードルを越えられたかなと思います。演者の健闘を祈ります。



御礼

昨日は九皐会ご来場賜りましてありがとうございました。
いろいろとあった一週間でしたから、お客様も楽屋もいつもとは少し雰囲気が違ったように思います。

昨日は新調の袴が開演直前に届きまして、それで「兼平」を舞いました。
仕舞袴の職人さんの仕立てで、さすがに線がピシッとしています。
縦の線は5ミリの曲がりも許さない職人気質の方が作ったものですから、身に着けるこちらの構えが狂っていたら嫌だなー(笑)などと考えながらも、寸法ぴたりで気持ちよく舞台に上がれました。
終演後、皆で少し袴について話を伺い、袴作りにも伝えられる技術や伝統があることを知り勉強になりました。
ありがとうございました。

さて、来週は22日は、源氏物語の朗読と能と香の取り合わせで、五感で楽しむ源氏物語という催し。朗読人の舞台稽古にも熱が入ります。
今回は、朗読メンバーの中の唯一の男性、で、イケメン(笑)の役者の男の子に光源氏をお願いして、演劇的な要素も取り入れました。能楽堂で能以外の舞台は難しいのですが、今回は能の演出を取り入れることで、そのハードルを越えられたかなと思います。演者の健闘を祈ります。



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