能楽夜ばなし

能楽師遠藤喜久の日常と能のお話

能楽随想

切れ味。

日付変わって一昨日。
春の九皐会特別公演。通称「別会」も無事に終わりました。
まずはひと山超えて、一息です。

一門の後輩、永島君の望月と、佐久間君の松風という大曲の取り合わせ。
別会は、特に習いの演目を上演する、まさに特別な会で、一門の看板を背負ってやるのは、それなりの覚悟と精進あってのこのとのわけですね。
昨日は、そんな大きな会で、後輩二人が揃って熱い舞台を勤め、いよいよ次の時代の波が押し寄せてきたなあ。と、感慨深かったです。
とはいえ、長老方もご健在で、若いもんなんかに負けるもんかと云わんばかりの凄い気迫で舞台を勤めていらしゃいました。
いやはや、上も下も頑張られますと、中間職は大変であります(笑)
こちらも上下を見習って頑張って精進したいと思います。

さて、話は逸れますが、公演前は決まっていつもの床屋さんに散髪に参ります。
昔ながらの職人さんの仕事は大したもので、小気味よく手順を一つ一つこなすうちに、私の顔つきまで変わってくる。
髪の毛よりも顔つきが変わるんですね。これが。

なんか少し疲れた顔とか、澱みみたいなものとかが清められるというか、髪の毛と一緒に切り落として頭洗って流してくれる。
最後に顔を剃ってもらうと、あら不思議。
憑き物が落ちたようにすっきりと気持ちも清々しくなって身体も軽くなる。

不思議とこれは、昔ながらの修行をしたこの親父さんでないと駄目なわけで、まさに身も心もさっぱり整えられるわけです。

その人が、手を触れたり通り過ぎたらそのあとは綺麗になるとか、心地よくなるとか、これぞ神の御業のようなもので、人間かくありたいと思うわけです。

そんな親父さんのところにこないだも行ったら、その日は、ハサミを自ら研いでました。
何やら研ぎ屋さんの本職の方の道具で、砥石がいくつもあります。
最近は、美容院が増えて、そういう修行をする若い者が減って、自分で研がずに研ぎ屋に頼む人が増えたんだとか。

でも自分で角度を見極めて研ぐと、刃の減りが少なくてハサミが長持ちするそうです。
で、一度研ぐと半年近くいけるそうで、切った髪の飛び散り方で、刃の具合とかがわかるとか。ミリ以下の感覚で研いでいくようなので、まさに職人芸です。

で、人の顔は油があるから、昔は鏡のところに皮を吊るしてカミソリをなめすみたいな事をしてた。顔の油をカミソリから取る為だとかで、生身は油が強いから、すぐに切れ味が落ちるけど、髪の毛の方は、そんなに油が多くないので、切れ味が長持ちするとか。
どこを何で切るのかで、扱いが変わるわけですね。

どんな世界でもプロの道具は違いますけど、床屋さんも同じ。プロの使うハサミは凄く高価。クシは鼈甲が最高で、ハサミは切れ味がそこらの物とは相当違うらしい。一生物の道具を大事に使うそうです。

馬鹿と鋏は使いよう。なんて昔は言ったけど、どの角度で髪に当たるかを身体で覚える。それも一生もの。

「能の摺り足と一緒だよ。長年かけて身体に覚えさせるんだよ。」

そんな話から、刀の切れ味の話になり、昔の戦さでは、生身の人間は時代劇みたいにズバズバとは切れないじゃなかろうかと。

魚だって、さばいているとすぐに切れなくなるわけだから、日本刀の凄いのはわからないけど、遥か昔の闘いは、あんまり切れないから切るというよりぶっ叩いたり、刺したりして出血多量でお亡くなりになるような、それこそ源平の戦いの頃はそうだったんだろうと。

同じ刃を使われる床屋さんならでは考察で。

そういえば、能の敦盛なんかの太刀を振る型は、ふた討ちみ討ちと、刀を切るよりは叩きつける型な訳で、これは切るんじゃなくて、相手を殴りつけて馬から落として、落ちたところをとどめを刺す戦いの名残だから、時代劇みたいに切るんじゃないよと教わったのが、みょうに納得出来たのでした。

ま、そんなわけでようやく能に話が繋がったところで、私の散髪も終わったわけですが、私も床屋の親父さんのように、自分をしっかり研いで、切れ味のいい舞台が出来るようにしたいなと。
そんな殊勝な事を思うように、気持ちまでしっかり整えてもらって店を後にしたのでした。

「切れ味。一生もの。」

と。話がまとまったところでお後がよろしいようで。
久々の夜話はこれにておしまい。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ジャガジャジャンジャン🎶






はや月末

ちょっと日が経ちましたが、日曜日は若竹会の復活公演で、能公演には珍しく三部構成の企画公演で、その最終章でした。
春に始まった第一部序の巻から平家物語を扱った作品群のみの上演。
二部の破の巻の時には私が通盛のシテを勤めさせていただきましたが、昨日はトリの公演で壇ノ浦滅亡を描いた碇潜イカリカツギでした。シテは佐久間二郎君でした。
狂言は直前に人間国宝認定の報道のあったばかりの山本東次郎先生で、まさに人間国宝の至芸の那須の一人語りでした。
認定本当におめでとうございました。
私も二人静の仕舞シテほか、仕舞の地頭や能の地謡と出ずっぱりで、こってりと気が入りました。ありがとうございました。

二人静は、吉野の明神に仕える女が菜摘にでて、その山の中で源義経の恋人、静御前の霊に憑依される。やがて神社に戻り神職の前で静御前の霊が語り出し、舞を舞う。ほとんど映画エクシストの様な話ですが、それの美しい女が取り憑くバージョンなんです。
いわゆる憑依霊ですね。
普通の人には見えてない静御前の霊が、菜摘の女に取り憑いて舞うという設定で、観客にはその霊である静が見えているという演出。
なので、実際の能では二人の女が相舞いをするのです。
こういう発想が台本に描かれるというのは、やっぱり霊が存在すると、死後の世界があると信じられていたのでしょうか。
現代でもこの問題は、謎なわけですが。
それをオカルトではなく、美しい女が二人出てきて艶やかに舞う話に転じているのがこの能の面白いところです。
美女は一人より二人がいいよねーと思ったかどうかはわかりませんが(笑)華やかさ倍増です。
ただ、仕舞になると面をつけない男二人の舞なので、また見た目がかなり変わりますが。。。
いかがだったでしょうか。


さて所沢MUSE能楽ワークショップも三週目。
順調に稽古が進んでいるので、今日のサブレクチャーは型付け作りと「(^-^)/(^-^)/」の話。
「(^-^)/(^-^)/」とは車のエンジンでいうとガソリンがスパークする瞬間の力の始点みたいなものです。
これがないと仕舞はただの体操になってしまうのですね。
今年の受講生は大変優秀で、予定外のサブレクチャーが沢山出来て楽しいです。8月26日の劇場発表がたのしみです。


君が代

今日の所沢ミューズの能楽プレワークには定員を超える参加者が集まり盛況でした。
小学生から80代の方まで4世代に渡る参加者の方々。
ご参加ありがとうございました。
短い時間なので、簡単な能の歴史レクチャーと、能面の話などから入りまして実技は、謡や仕舞の歩き方など、まさに初めの一歩のワークショップでした。
今日のは本当に短い時間でしたが、夏から始まるワークショップでは、より深く能や仕舞の面白さを充実した時間と設備で体験していただきます。
劇場の申し込みも始まり、今日の参加者からの申し込みもあり開講が楽しみです。まだ締切まで一月ありますから、日程調整して是非ご参加下さい。➡所沢ミューズホームページ


さて、今日の講座では老松の短い仕舞に挑戦。
この曲、能楽師の子弟なら早い子で3歳、4歳でお稽古する曲。
実際の能で演じるとかなり難しく長い演目ですが、一番最後の部分の短い仕舞が、めでたく覚えやすいので初めての仕舞に教えることが多いです。皆さん初めての体験に楽しそうでした。

この曲、菅原道真公が、九州大宰府に左遷させられた時に、自邸の庭に咲く梅をみて詠んだ歌
「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」
に喜んだ梅(紅梅)が九州の道真公のもとに飛んで行った飛び梅伝説。さらにそれを追うように老松(追い松)も道真公のもとにいったという追松伝説をもとに創作された能です。

菅原道真というと、その後、都に異変が続き、これが道真公の怨霊の仕業とされて、それを鎮める為に天満宮をを建てて神と崇めて天神と奉り鎮めたという御霊信仰が世に知られているわけですが、能の演目には雷神となった道真公が都を襲うストーリーが「雷電」という曲になっています。
今日では学問の神様として受験生によく知られているのはご存知の通りです。
先日九皐会で上演した能「杜若」の在原業平さんは、少し年上ですが同時代の人で親交があり、歌を読んだりお酒を酌み交わしたようです。どんな話をしたんでしょうねえ。やっぱり恋の話ですかねえ(笑)

「老松」の能には、天神道真様は直接登場せず、老松が主人公という、映画で云えばスピンオフムービー。いわば外伝的なお話ですが、道真公を慕った松も梅も今や草木の神霊となっていて、前半は老人の姿に化身して訪ねてきた旅人と言葉を交わし、後半は人格化した神姿で、もてなしのめでたい舞を舞うという話。

物語の最後の方で謡われるのが、日本国家「君が代」の元歌で古今集や和漢朗詠集に選べれた詠み人知らずの歌。
「我が君は 千代にやちよに さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで」
(時代が下り 我が君が君が代に転じたらしい)

の替え歌で

「これは老い木の神松の千代にやちよに さざれ石の巌となりて 苔のむすまで」
で、老松の永遠の生命力を讃えています。


君が代で検索すると昨今の政治問題や、「君が代」の歌詞がヘブライ語だという説や、日ユ同祖論など、なにかと話題に事欠かないのですが、千年以上詠われてきたこの和歌は、日本的で格調高くて好きです。
外国の国歌は、かなり勇ましい歌詞なので、やっぱり日本の歌は平和的で自然の営みすら感じさせます。

君が代に関しては色々なご意見もあるようですが、ここはひとつ平和的に一度じっくり比較して味わってみるのもよいかと思います。

能の中では、天皇親政の時代をテーマにした作品であり、「君が代」について、主語の意味合いについて、また政治利用がどうのこうのということは当然なく、永遠の平和を象徴するおめでたい歌でありました。
それでいいんじゃないかと思うのですが、駄目ですかねえ。。。

今日の仕舞いは、一番短いバージョンで、君が代は出てきません。
おめでたい言葉でめでたく終了しました。ありがとうございました。
めでたけれ。

































脳と能は遊びが大事?

4月7日更新⇒夜ばなし写真館 「花酔い」

桜が目に付くようになりました。
能の春の演目にも桜を愛でる曲は多いのです。
桜川や西行桜のようにタイトルになっている曲から、花見の宴をしたり、桜の下で昔語りをして舞ったり、天人さえも桜を愛でて舞い降りて来る曲まであります。
この季節、日本人にとって桜は特別なんですよね。

sakura

能はまず謡いの詞章、言葉によって桜のある世界をその場に創り出します。
創り出すって誰が作るかというと、聞いた人の脳が創り出すのです。
能舞台には基本、セットや映し出される映像がないから、何もない空間です。
だから桜と聞いて、その華やかな佇まいや、色や香り、花びら舞い散る様や、その桜のある野山を感じて脳が想像出来ないと何も見えてこないのです。
芸の力で見せてみろと言っても、桜を見たこともない人には想像することすら出来ないのです。
演者は言葉によって作り出された世界に舞い遊んでいるのであって、桜その物を説明したりはしない。
だからね、優れた演者の優れた舞台でもね、桜が見える人と見えない人がいるのです。
能の見方は様々で、そんなもの見えなくたって別にいいのですが。見える人には見えるらしい。
見えると言っても幻覚や3Dみたいにリアルに見える人から、なんとなく感じるという人まで様々のようですが、普通の人は幻覚みたいに、映画みたいには見えない。
(いちいち見えたらアブナイから、それでいいのです)
ただ頭の中というか脳の中というか心の中に、そこに何となくイメージが創り出されて、まあそれをさらに自分の外に持ち出せたり、出来なかったりする。

演劇の勉強をする人はこのイメージ力を上げる訓練をするので、かなりリアルに想像出来るそうです。
これは脳の前頭葉の発達に関係あるらしい。(発達したらいいというわけではないけど)
いわゆる感受性が豊かな人というのは、ここが発達しているのですね。
想像力があるというのは、例えば人の気持ちを想像したり感じたりする能力にも通じるので、芸術を解する力は人を思いやる力であるわけです。
まあ想像出来ても思いやる心がない人も世の中にはいるでしょうが、
もう他人のことも自分の事のようにリアルに想像できて、リアルに感じすぎて泣いたり笑ったり。そんな人は案外身近にいますよね。そういう人は同じ芝居を見ても楽しみ方が一味違うのだと思います。

だからね、子供のうちから感受性を育てるといいよとよくいうわけです。
まあ何事にも程がありますから、感じすぎるとなんでもかんでも反応してしまって大変なので、バランスというか、ほどほどがやっぱり大事です。

ではどうやったら感受性を育てたり、見えるようになるかというと、いろんな方法があるようですが、安全で楽しく私がお勧めなのはこれ。
春にはちゃんと「素敵な」桜を「ゆっくりと」見に行く。
テレビの画像ではない「本物の桜」の良さを「じっくりと」感じる。
その記憶が脳で再構築されるのです。
だから沢山の桜を見て感じた人は、より多くの桜を想像出来る。
「桜」という言葉一つに様々な桜やそれにまつわるたくさんの世界を感じられる。
これがすなわち昔の人が云った、「遊びが大事」という意味です。
呑んだくれを勧めたわけではないのです。
より多くの経験、記憶。すなわち情報が役に立つのです。
そう考えると人間は情報生命体なのです。
その人がどんな記憶をどれだけ得たのか。それがその人そのものです。
その情報の中から心地良いものを抽出出来るとさらにいいわけです。
嫌な感情がまとわりついた記憶ばかりいくら引き出されても困りますよね。
だから、心地よいものを引き出すためには心地よい経験をするのが一番の近道なのです。
心地よく桜を見る。

演者の発した「桜」という言葉を、コンピューターの検索エンジンにかけるように提示された検索キーワードを脳の記憶から100件ヒットするのか10000件なのかではだいぶ違う。
ましてそれが心地よい10000件とそうでない100件では大変な隔たりです。

演者にとっても実生活での様々な経験は貴重な引き出しですが、見る人にとっても大事な引き出しですね。出来ることなら心地良い美しい記憶を沢山持ちたい。
そんな記憶を持った脳で、能を観たらさぞや美しく心地良く不思議な世界を垣間見ることが出来るでしょう。

春うらら。東京八重洲の桜を見ながらそんなことを思いました。
また偉そうにこんなことを書きながら、自らを省みると全く持ってまだまだ経験不足であります。
まさに遊びが足らない。

そんなわけでこれからの人生は遊び重視で行きたいと思います。

え?

そんなこと言って、またどっか遊びに行く口実じゃないかって?

ハハハ、さすがに感受性豊かな方は鋭いね。参ったねどうも(笑)
.

人間50年

人間五十年 下天の内をくらぶれば夢幻のごとくなり ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか

とは、戦国武将織田信長が好んだという幸若舞の敦盛の一節である。
時代劇に信長が登場すると舞う場面が出てくるのでご存知の方も多かろう。
能の敦盛を稽古してると
「あれ、人間五十年って能の謡いには出てこないんですね」とよくいわれる。

幸若舞原典では化天。
能の「舎利」に出てくる化天、耶麻天、他化自在天などと同じ天上界の領域である。
それぞれ一日の時間の長さがが違うという。

人間50年〜は、人の世の50年は下天の一日にしかあたらないという意味だそうだ。
邯鄲の一炊の夢の如く人の一生は夢のごとく儚く、16歳の敦盛を手にかけた熊谷直実は世の無常を感じ出家したわけだが、転じて信長の方は大変プラス思考である。人生は短い。それならばやりたいことやって死のうという前向きな覚悟が感じ取れる。

我々の住むこの世界にも20万歳の海藻だとか樹齢1万歳の樹木が存在するそうだ。
流石に一万年も生きるのは長いよね。もうその長さは宇宙の時間である。
天上界のような長寿だが、彼らは自ら再生を繰り返し命を繋いでいるとかで、現在研究者が調べているそうだ。いずれその仕組みが解明されれば我々の寿命も伸びるかもしれない。

何でこんな話をするかというと、子供の頃から聞いた「人間50年」にいよいよ今週なるからで、実に不思議な感じである。自分が子供の頃想像していた50才は、サザエさんの波平さんのような感じであるが、実際は自分では年をとった感覚があまりない。見た目はともかく中身は二十歳の頃からあまり進歩していないのかも(笑)

子供には、「うわー50年も生きてんの!?びっくりー。 年寄りー(爆)」と不思議がられたが、なんと言われようと生きてて幸せ儲けものである。

まあ医学も進歩するだろうし、世の中平和であればあと100年、下天でいえばほんの二日ばかり余分にこの世を楽しみたいものである。
能の世界では、昔から40、50は鼻垂れ小僧という。
ありがたいことにまだまだ先は長い。
まだほんの駆け出しである。鼻水拭きながら頑張って行こう。
というわけで、日記かわりにここに記しておく。
けっしてプレゼントの催促ではないからね(笑)

ともかくも、これまでお世話になった皆々様。
本当にありがとうございます。
今後ともどうぞ宜しくお願いします。





小町という女

今日は府中の森芸術劇場の能公演に来ていました。
通小町の二回公演。
雨夜という小書演出の後見。

この曲は、中入りで間狂言がなく、今日は、前場の小町の扮装が姥から後場の若い女にと早変わり。

能はその為に沢山の衣装スタッフがいないので、ちょいと忙しい。
そもそも謡本に市原野辺に住む姥と書かれている為に、姥の扮装をさせた方がふさわしいと、こうした演出が考えられたようです。

小町って全国に沢山の史跡やお墓があるんですって。つまりそれだけ沢山の小町が存在した。ともいえるわけです。
一種の芸名みたいな使われ方もしてたのでしょうかね。
あるいは美しい人の送り名とか。

そう云えば昔、旅先で小町ゆかりの地と書いた旗が立っていて、社を建てていました。工事中の大工さんに、ここは小町の史跡ですかと尋ねたら。
「さあね。今から作るんだよ」との答え(笑)。
歴史は作られる、ならぬ、史跡は作られる。
凄い事をしてるなーと、驚いたことありましたっけ。

この能が今日でも上演されるのは、現代でも美しく恋多き女性が沢山いるということなのでしょうね(笑)。

ほら、「私も若い頃は・・・」なんて言っている貴方の事ですよ(笑)

小町という女

今日は府中の森芸術劇場の能公演に来ていました。
通小町の二回公演。
雨夜という小書演出の後見。

この曲は、中入りで間狂言がなく、今日は、前場の小町の扮装が姥から後場の若い女にと早変わり。

能はその為に沢山の衣装スタッフがいないので、ちょいと忙しい。
そもそも謡本に市原野辺に住む姥と書かれている為に、姥の扮装をさせた方がふさわしいと、こうした演出が考えられたようです。

小町って全国に沢山の史跡やお墓があるんですって。つまりそれだけ沢山の小町が存在した。ともいえるわけです。
一種の芸名みたいな使われ方もしてたのでしょうかね。
あるいは美しい人の送り名とか。

そう云えば昔、旅先で小町ゆかりの地と書いた旗が立っていて、社を建てていました。工事中の大工さんに、ここは小町の史跡ですかと尋ねたら。
「さあね。今から作るんだよ」との答え(笑)。
歴史は作られる、ならぬ、史跡は作られる。
凄い事をしてるなーと、驚いたことありましたっけ。

この能が今日でも上演されるのは、現代でも美しく恋多き女性が沢山いるということなのでしょうね(笑)。

ほら、「私も若い頃は・・・」なんて言っている貴方の事ですよ(笑)
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