能楽夜ばなし

能楽師遠藤喜久の日常と能のお話

舞台後記

女郎花 純愛

ominamesi1

先日の公演の後日談になるが、
稽古場で、女郎花の観能の感想を伺っていたら、
社中の女性の一人に、あれは純愛ラブロマンスではないかとの感想をいただいた。

能では、男が留守の間に訪ねてきた都の女性が、男が心変わりをしたと誤解して命を絶ち、男も後に続く話になっているが、若い純情純真な男女にありがちな、すれ違いによる悲劇で、女性は都の少し身分のある純な女。男もひどく誠実な男性で、それゆえに後を追ったと。そのように見えたとの事だった。

純愛ねえ。。。と、私が珍しげに呟くと、
「先生も若い時はきっとそうだったと思うのです。若い頃は、ちょっとしたすれ違いや誤解で、傷ついたり喜んだり思いつめたりといった恋愛をしていた頃があったと思うのですよね」

そう云われて、思わず遠い目をしてしまった(笑)。
昔の記憶を探してみると、確かに自分にもそんな年頃があって、しかし、年とともにいつの間にか分別もついてしまうものだ。

しかし。
あの頃の自分であれば、女郎花の男女のような結末があっても、おかしくはないかもしれない。

と、いささか錆び付いた自分を自覚させられて凹んだが、そうやって観ると、この凄まじくもある話が若々しい男女の美しい浪漫のある話にも見えてくる。


実を言えば、私自身は、この曲を演じる際に、死してなお離れぬ執心の凄まじさに、人間の男女の業や欲望に触れた気がして、救われない気分になっていた。
能で演じると、それがいくぶん和らぎ、女郎花の可憐な黄色の花が咲くが、その花の咲く土中に深い闇を見ていた。

なので、この感想を聞いて少し気分が晴れやかになる思いだった。

人は、見たい景色を観る。

社中の女性が見た景色は美しかった。

そして、私が見た闇は、もしかしたら自分自身の闇であったかと、いささか愕然としながら、舞台を振り返った。(了)

女郎花編は、これにて完結。
 ありがとうございました。







人間賛歌

kunisigekantan

邯鄲の写真届きました。
照明の当たり具合もあって微妙に色目が違いますが、
どちらも思った以上に鮮やかな色彩の装束。
私でも袖が短いのですが、良い物を着せていただきました。感謝。

あー、無理な話だけど、この取り合わせは客席から自分を観たかったな。
離見の見は、程遠し。

ありがとうございました。

上の写真は、
「喜びの歌を、歌おう夜もすがら♬」
と栄華を極め歓喜の声を上げる場面。

お囃子方の気合の掛け声とエネルギーが、後ろから風のようにブアッと身体を突き抜けていきました。

aibatakantan

井筒 公演後記 best shot

井づつ

カメラマン駒井氏から送られてきた私が選ぶ井筒の写真のベストショットをup。ここからの角度を狙ったところが流石です。
いかにも井筒といった風情をピンで切り取ってくれたのが嬉しい一枚です。
私のホームページTOPにもう少しいい画像であります。右のリンクからどうぞ。


今回は矢来でやるならこの取り合わせでやれたらなぁと、もうずいぶん昔から憧れていた面装束の取合せでさせていただけてありがたかったです。
今回の面は小面でさせていただきました。前シテ装束は里女の風情に相応しい大人しい秋の草花の紅白段に、金の露芝の摺箔を着せていただき、後場は、業平格子の入った、しかし総柄ではなくて優しい花文様をあしらった紫長絹。
かつて父もこの長絹で井筒を舞っているので、まさに「形見の直衣身に触れて」と謡うに相応しいと思いました。
下は井筒の井戸に因み水巻文様と花文様の赤地縫箔。
私としては、濃厚な亡憶の情念というより可憐な感じになればと思っておりました。

女が男の装束を着て現れるという設定の後場は、
序の舞を含め、どんな心持ちで演るか、それにより細かなところでちょこっと変えたりもするのですが、この面・装束ですからね。
すでにその方向性は自ずと決まっておりました。

井筒の後場は、男が演じる女が、さらに男に移り、倒錯して、さらに一つ和合するということもよく言われるのですが、その軸をどこに置くか。
どう解釈するか。

説明を省いた余白の多い台本だけに、その辺りも通な見方だったりします。
お客様にはどう見えでしょうか。

演じる方としては、どちらに針を振るかで感覚的に変わる気がします。

かつて父にその演じわけについて聞いたことがあります。父は観世寿夫師の後見をさせていただいたり稽古を受けているので、井筒には一家言あったのですね。

単純に型が変わるだけでなくて、「どうやるかで自ずと変わる」と云っていたのですが、その当時はまるで意味が???でした。
今は少しわかる気がします。
どうやるかは演者次第だといっておりました。

まあ、そう思ったからといって実際出来るかどうかは、また別の問題なので、思った通りには簡単にならないわけでありますけど。

古今の名人が勤められた名曲だけに、お客様にも曲のイメージが出来上がっており、そこに自分なりに少しでも近づけたらと思いましたが、終わってみればまだまだ道のりは果てしないなという思いでした。

この曲、前半は動きも少なく、初心者向きではないとの声もありますが、その余白に能らしさがあり、そこを埋められるようになりたいと思います。

あらためてご鑑賞いただき御礼申し上げます。


さて、今年は舞台はなにかと年末まで続きますが、私の年内のシテの大役は早々と終了です。
今年は父の追善会もしましたし、ようやく肩の荷が少し下りた思いです。

来年は、2月に九皐会若竹能で邯鄲を勤めさせていただきます。
五十年の栄華を極めます。
これがまた面白い演出の能です。

また、一から仕切り直して頑張ります。
よろしくお願いいたします。



御礼 九皐会 井筒

本日は雨の中、九皐会にご来場賜りまして誠にありがとうございました。
私がシテを勤めました井筒も終わりました。
例により演者としては、反省、課題は多々ありますが、皆様のお力でなんとか最後まで勤めました。

ご来場いただきました皆様、関係者の皆様に感謝申し上げます。

本日最速の速報映像。
駒井カメラマンの映像です。
BlogPaint

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天然物のススキがよかったですねー。

ありがとうございました。

もっといい井筒が出来るように精進します。

もう毎年やろうかな、井筒(笑)

ま、それくらい名曲なわけで。

いろんなものをそぎ落としてるので、その分、いろんなものが出てしまうのですね。

終わってみると1時間40分位とか。
大曲でしたね。


ともかくも来場感謝。
ご鑑賞誠にありがとうございました。


ご感想などお寄せいただければ嬉しいです。よろしくお願いします。


御礼 定例会 二人静

日曜日は定例会にご来場ありがとうございました。
師匠との二人静も汗をびっしょりかきながら(笑)終わりました。
師匠のツレをさせていただいたことは何度もありますが、今回は物がものだけにいつもとは違う緊張がありました。
二人静はいろいろ演出があり、以前私がシテをしたような本体の霊の静御前も共に一緒に舞続けるものや、今回のように吉野勝手明神に仕える菜摘の女が静御前に憑依された形で多くの部分を一人で舞い、本体の霊は床几にかけて、じっとのり移るような演出など、工夫があります。
通常は菜摘女は小面などの若いツレ面で舞うこともありますが、今回は面装束共に位を上げてシテの位で舞う演出のご指示があり、そういう意味でも最初から最後まで出ずっぱりの舞台になり、長丁場の舞台となりました。
父が生きていれば師匠は、父と再演(国立能楽堂のライブラリに映像があります)されたかったろうなあと思いつつ、親子二代で共演させていただいたことになる大役に感慨深く、身が引き締まりました。
お囃子も地謡も師匠、先輩がずらりと揃い盤石の圧倒的な演奏に感じ入りました。

11月のお忙しい時期にご来場賜りました皆さまに厚く御礼申し上げます。

これが終って、ようやく一息と行きたいところですが、12月は引き続き神楽坂矢来能楽堂の定期公演で年内最後の舞台となります「龍田」タツタという演目のシテを勤めさせていただきます。これまた龍田の女神が舞い続ける大変美しい演目です。

先日関西公演の帰り道に、まだ秋早い龍田川周辺を散策してきました。
また当ブログでも記事を書きたいと思います。
公演と合わせてご覧いただけたらと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
矢来能楽堂

2014-11-11-10-50-30

二人静の一場面より。来場感謝!

触れてみよう能楽の世界 高砂 舞台後記

日曜日行われた公演写真より後半場面を1枚up
画像1

ご存知 世阿弥作の祝言能「高砂」
何度かこの舞台となる兵庫県高砂市の高砂神社を訪れているけど、海も近く風も爽やかで、松が境内に其処彼処に育って居て、なんとも清らかな風情があります。
ここにはかの有名な相生の松があります。
今は五代目とか。

「 相生」という言葉。
共に生まれ育つという事ですが、音では相老にも通じ、共に老いるまでとも表せます。
雌雄の松、あるいは赤松黒松の2種類の松が偶然にも癒着して一つの木として育つ事があり、それを相生の松というそうです。
現在高砂神社にある松は、赤松黒松の相生の松だそうで、海辺に育つ黒松と、山辺に育つ赤松の種子が偶然にも癒着して一つの松として相生となる姿を、我々人間の夫婦和合の理想としたのですね。
常緑樹として常に緑をたたえ、その威風堂々たる姿は、神木と崇められて来ました。


能の高砂のお話は、古今集の序文に「高砂住の江の松も相生のやうに覚え」とあり、大阪住吉の松と高砂の松はまるで夫婦のようだという、当時の流説が記されている一文に着想を得たと思われ、高砂、住吉とそれぞれ遠く離れたところに住む老夫婦の松の精が、夫婦愛と松の徳を語るお話で、今で云えば遠距離恋愛とか、別居夫婦のような形ですが、心が通じ合っていればOKさと言っているわけです。

後半は舞台を住吉に移し、住吉の神が泰平を寿ぎます。
この神様は、イナナギ神のアオキガハラの禊で生まれ出た神々の中の一柱です。(住吉三神 )
現在では後場の住吉の神は、写真のような姿で登場するのが伝承されていて、これが神官に神が憑った姿とも、若い神様の姿とも見て取れるような出で立ちです。神舞という颯爽とした舞を舞いめでたく舞い納めて終曲します。

能のジャンルの中で、神能は総じて清々しく、特に高砂は爽やかな光と風に満ちているので、私の好きな演目です。
厳かな古態の作りの能が、能楽堂とは違う特殊な音楽ホールの会場でどうか。初心者向きの講座能でいささか難解かなとも思いましたが、ワークショップ10周年を祝って世阿弥以来の名曲が上演出来て良かったです。

関係者の皆様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。



鎌倉能舞台さんでの公演終了

昨日鎌倉能舞台さんでの能を知る会で能「融」を舞わせていただきました。
今回は、舞返という小書き演出のつくもので、五段の舞にクツロギを入れて、さらに急の舞を舞うという、舞い尽くしの演出。今回は、昔を偲んで涙する場面をやらないすっきとした演出でしたので、華やかなりし頃を語り、京都の美しい景観を語り、そこに融の大臣が現れて宴に舞を舞うという、華やかな流れ。
昨日は、お囃子の演奏がすこぶる華やかで、賑わいのある舞台になったような気がします。
ありがとうございました。

昨日の舞台は、中森貫太さんが、松虫。私が、融。どちらも友を偲び、昔を偲ぶ追善曲としても知られる演目。
偶然とはいえ、数日前に他界された足立禮子師を偲んでの舞台となりました。
足立さんは、長年鎌倉舞台に出演されていて、私もこの舞台で足立さんにたくさんの事を教わったのです。
告別式の時に、中森さんから「いい舞台やろうね」と声をかけられ、幕前でそんな事を思っていました。
上から見ていた足立さんが、噴き出してなければいいのですが。
ともかくもいろいろな事があったこの1月もなんとか一区切り。
明日からは同門諸師の舞台が続きますので、地謡後見など、頑張って勤めたいと思います。

昨日の舞台のブログ用の写真いただきましたので載せておきます。
ありがとうございました。
03 能知会_113 ブログ用

ブログ用融2013年

ところざ能11 公演後記1 &あどれす変更

ブログ

先日のところざわ能の一角仙人の写真が届きましたのでUpします。
お囃子方は、藤田貴寛 森貴史 柿原弘和 小寺真佐人の皆さんでした。

今回は、能楽堂とは違う劇場ホールのライティングなので、ツレの美女の装束は、物凄い豪華な出で立ち。
それがロウソクと舞台照明に浮かび上がりまして、面の中から見ていてもなんとも妖艶な美しさでした。
思わずつられて舞い始める仙人。

「真面目な仙人が女にたぶらかされて、神通力を奪われ、竜神にコテンパンにやっつけられてかわいそうだった。
酷いのは人間の方。」
・・・なんて仙人に味方していただくコメントも多くいただきました。
もう少し悪役に徹すればよかったかな(笑)

また皆様からご意見ご感想いただければ思います。


あと、このブログのインターネットアドレスが今日から変わりました。
ライブドアブログのサービス変更です。
今テスト期間ですが、アクセス出来ますか。
今時、アドレス打ち込むことは少ないですけど、短いほうが表記が楽ということで。
よろしくお願いします。

さて、私は、10月3日に、鎌倉能舞台で能「融 とおる」舞返をさせていただきます。
秋の名曲ですね。
小書き演出なので、前半の詞章が短くなり、後半の舞が長くなります。

このところお役が続きましたが、これで一区切りなので頑張らねば。
よろしくお願いしまーす。

MUSEワークショップと公演を終えて

所沢MUSEの公演も昨日無事に終わりました。
ご来場賜りましたお客様。ワークショップ参加の皆様、劇場関係者をはじめボランティアでお手伝いをしてくださった皆様、関わった全ての方に御礼申し上げます。
能楽普及公演というサブタイトルで長年やっておりますが、毎年多く参加希望者と能を見たいというお客様で席が埋まり、いつの間にかのべ400人近い方が仕舞体験をされ、小さなホールですが来場者は2400人を超えました。積み重ねてゆくというのは凄いものだなと感じております。
この能楽ワークショップを通じて、大人だけでなく普通の子供達が能を自然に見れるようになったことは大きな事だと思います。
子供ワークの一期生はもう高校生で、何時の間にか大人の仲間に入りしています。彼らには、能アレルギー、古典芸能アレルギーはないようです。ごく普通に、「あーやったことあるよ。」と自国の文化の体験を語れるのは素晴らしい。彼らが能楽師にならなくても、世界無形遺産である能の話が普通に出来る大人になって欲しいと思います。
私は演者としては、まだまだ未熟ですが、一般社会人としての年齢的では、そろそろ次世代に申し送りをする年頃になってきました。大人の10倍の吸収力のある子供達に少しでも良い種を蒔きたいと思います。
彼らに何かを伝える為に、毎年、子供達を前にして自分の中にある良いものを、伝えられるものを一生懸命探します。それは恥ずかしながら実にほんのひとかけらくらいなのですが、そのひとかけらはよく見ると、自分が作ったものではなくて親や師匠や先輩からもらったひとかけらなのです。きっと先輩方も、その上の方達からそのひとかけらをもらったに違いないのです。それは知恵だったり経験だったり誠実さだったり、言葉に出来ない面白い何かだったり。不思議なことに能の知識や技術を人に伝えようとすると、そうしたものが必ず入ってくるのです。
もしかしたらそれを文化というのかもしれません。
その良い流れを自分のところで止めたら誠に申し訳ない。そんな風に思うようになりました。私が託せるのは、たったひとかけらくらいなのですが、その小さなひとかけらを綺麗にして渡せたらと思います。私がもらったように。

今年のかけらは少し小さかったかな。どうだろう。
子供達がその小さなひとかけらの微かな光にいつか気付いてくれることを楽しみにしています。


photo Watanabe kunishige

頑張ろう。新しい景色が見えるまで。
*最後に付け加えさせていただきますが、いつもご理解をいただきます劇場の皆様に厚く御礼申し上げます。

はや月末

ちょっと日が経ちましたが、日曜日は若竹会の復活公演で、能公演には珍しく三部構成の企画公演で、その最終章でした。
春に始まった第一部序の巻から平家物語を扱った作品群のみの上演。
二部の破の巻の時には私が通盛のシテを勤めさせていただきましたが、昨日はトリの公演で壇ノ浦滅亡を描いた碇潜イカリカツギでした。シテは佐久間二郎君でした。
狂言は直前に人間国宝認定の報道のあったばかりの山本東次郎先生で、まさに人間国宝の至芸の那須の一人語りでした。
認定本当におめでとうございました。
私も二人静の仕舞シテほか、仕舞の地頭や能の地謡と出ずっぱりで、こってりと気が入りました。ありがとうございました。

二人静は、吉野の明神に仕える女が菜摘にでて、その山の中で源義経の恋人、静御前の霊に憑依される。やがて神社に戻り神職の前で静御前の霊が語り出し、舞を舞う。ほとんど映画エクシストの様な話ですが、それの美しい女が取り憑くバージョンなんです。
いわゆる憑依霊ですね。
普通の人には見えてない静御前の霊が、菜摘の女に取り憑いて舞うという設定で、観客にはその霊である静が見えているという演出。
なので、実際の能では二人の女が相舞いをするのです。
こういう発想が台本に描かれるというのは、やっぱり霊が存在すると、死後の世界があると信じられていたのでしょうか。
現代でもこの問題は、謎なわけですが。
それをオカルトではなく、美しい女が二人出てきて艶やかに舞う話に転じているのがこの能の面白いところです。
美女は一人より二人がいいよねーと思ったかどうかはわかりませんが(笑)華やかさ倍増です。
ただ、仕舞になると面をつけない男二人の舞なので、また見た目がかなり変わりますが。。。
いかがだったでしょうか。


さて所沢MUSE能楽ワークショップも三週目。
順調に稽古が進んでいるので、今日のサブレクチャーは型付け作りと「(^-^)/(^-^)/」の話。
「(^-^)/(^-^)/」とは車のエンジンでいうとガソリンがスパークする瞬間の力の始点みたいなものです。
これがないと仕舞はただの体操になってしまうのですね。
今年の受講生は大変優秀で、予定外のサブレクチャーが沢山出来て楽しいです。8月26日の劇場発表がたのしみです。


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