能楽夜ばなし

能楽師遠藤喜久の日常と能のお話

史跡巡り

諸国一見の能楽師 女郎花 おみなめし 恋の道は険しい

10月9日に迫った九皐会定期公演で、女郎花(おみなめし)のシテを勤めるので、京都石清水八幡宮に参詣しました。(書き足しているうちに、文章が長くなりました。)

この曲、ちょっと分かり辛いだろうから、ざっと能の物語を追います。

この曲のワキは、九州から都見物に上京した旅僧で、旅の途中に故郷の宇佐八幡宮から勧請した石清水八幡宮に立ち寄る事にします。
(ワキというのは、ワキ方の演じる役どころ。対して、私はシテ。前半は、花守の老人。後半は頼風の二役。)


その八幡宮のある男山の麓で女郎花の黄色い花が今を盛りと咲き乱れる野辺にたどり着きます。
古歌にも読まれた花であり、お坊さんが一本の花を手折ろうすると、それを一人の老人が忽然と現れて、呼び止めるところから物語は始まります。
(能では、呼びかけと言って、橋掛りの五色幕の中から声がかかります。どこからか忽然と現れる。そんな風情です。)

老人は、野辺の花守りでした。
古事の古歌を引き合いに出して、花を手折ろうとする僧を諌めますが、僧は反論の和歌を口ずさんで、風雅な歌争いをしながらの問答となります。

しかして、ついには旅僧に言い負かされて、花を取らずに去ることにしますが、その時何気に口ずさんだ言葉が、古歌の言葉と重なったので、老人は旅僧に心得ありと喜び、一本だけ花を折ることを承諾します。

この歌問答くだり、幾つもの和歌が読み込まれており、そこが風流な味わいなのですね。

中でも、僧正遍昭の歌が読み込まれてくるところに色気があります。

僧正遍昭は、桓武天皇の孫にあたり、もとは岑宗貞と名乗った貴族でした。
出家するまで仁明天皇に仕え、「色好み」(良く云えば恋多き男?)と噂された人でしたが、35歳で出家してからは、遍昭と名乗り歌詠みとしては六歌仙の一人に選ばれています。

誰もが知る能、「羽衣」のクセの謡い「雲の通い路吹き閉じよ乙女の姿しばし留まりて」は
出家前の宮仕えの頃、五節の舞を見て詠んだ歌「天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ 」(古今集)を取り込んでいると思われます。

そんな酸いも甘いもご存知の遍昭が詠んだ歌などを引き合いに出しながらの歌問答。

折りつればたぶさにけがる立てながら三世の仏に花たてまつる(遍昭)

秋の野に なまめきたてる女郎花 あなかしがまし花もひと時(遍昭)

名にめでて折れるばかりぞ女郎花 われおちにきと人にかたるな(遍昭)

女郎花よるなつかしくに匂うかな 草の枕も交わすばかりに
女郎花憂しと見つつぞ行き過ぐる男山にしたてると思えば

こんな元歌が台詞に読み込まれています。

女郎花は、若く美しい女性の事も暗示していますから、おのずと色気のある歌ばかり。

その花を手折るというのは、女性との契りを暗喩しています。
お坊さんが、女郎花を手折るのを、ちょっと待って♪ と止めるのには、そんな暗示があるのですね。

そして、実は、その女郎花こそは、この山の麓の放生川に身投げして、その後、花に生まれ変わった妻の事であり、この花守の老人こそは、その女の夫(小野頼風)の化身であり、女郎花を折ることを止めるのは道理で、花(妻)を守る人として現れたのです。
この夫婦(今の感覚だと恋人に近いかな)の事は、後半に明らかになってゆきます。



さて、この旅僧。
八幡様にお参りするのが目的だったが、女郎花の花に惹かれてすっかり時を過ごしてしまったとこぼします。
すると老人は、自分も参詣するところだから案内しようと、二人は石清水八幡宮のある男山を登って行きます。

ここまでが、序盤。
トントンと話が進まないところが、この曲の味わいと、解釈してください。

せっかく女郎花の花畑にいるのに、男山に伝わる男女の悲恋話に一気に進まずに、いったん八幡様参詣へと場面は変わるのです。

ま、男山の麓に来たら、目の前の山にある石清水八幡様を拝まないわけにはいかない。
それ程の八幡宮です。

というわけで、私も京都府八幡市にある男山、石清水八幡宮へ参詣。

頃は、9月下旬。
何世紀の時を経た現代の私が、石清水八幡宮を懐に抱く男山を訪ねたのですが、なんと一本たりともこの黄色い女郎花の花を見ることは出来ませんでした。

木津川 宇治川 桂川の三河川が交わり、淀川となりますが、この山のすぐ麓の川辺りまで行けばあるいは、見えたかも知れません。
最初にワキがやって来たのは、川向こうの山崎でしたから。

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さて、石清水八幡宮に下から歩いて登ったことのある方は、これがかなり大変な上り坂である事は、ご存知かと思います。
現在は石段があり、それでも30分位はきつい坂が続きます。

でも私は、行きはケーブルで5分(笑)。
帰りは、汗びっしょりになりながら、20分以上の苔で滑る道を下りました。

そもそも、ここは、石清水。
麓の岩に水が湧き出たことに由来するとか。
山肌にも水が伝っているようで裏参道などは苔むしていて風情があります。
神主さんに「滑りますから気をつけてください」と言われた通りで、帰り道、ぬかるんだ坂で小さな蛇にも出くわしました。
ご苦労さんと言われた気がして、ちょっと嬉しかったです。


*ここ訂正しました。
能のテキストでは、まず麓の放生川を見込み、そして御旅所を拝みます。
この御旅所は、今は麓の一の鳥居側の頓宮殿の事のようです。
そこから山を上って行くところが、下歌、上歌に読み込まれています。
もしかすると現在と台本に書かれた当時では位置関係が変わっているかも知れません。

一ノ鳥居から望む男山
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御旅所辺り
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能は省略の芸術。
あるものを省き、観客の想像に委ねる。
物だけなく、時間や空間も圧縮、省略して飛び越える。無くてもある。
見えなくてもそこにある。

演者は、客席の方に向かって静かに三足ほど前にゆっくりと歩みます。
それで野原からいよいよ八幡宮の麓にやってくる。
この三歩で、場所と時間を飛び越します。

え、それだけ?

とか、言いたくなるのをこらえて下さい。

これが芸の見せ場であり、観客にとっては想像の肝なのです。

ただ、わずかに歩む。
それで、景色が変われば、しめたもの。
大事な事は、目では見えないのですね。

そんなわけで、この三足は、自ずとしっかり(ゆっくり)になります。


さて、今回伺った石清水八幡宮は、今年国宝に指定されました。
この石清水八幡宮は、大変な歴史と由緒を持つ神社なのに駅前も町も案外ひっそりとしてました。

朱塗りの社が実に美しい。
信長、秀吉、そして徳川と、名だたる大名がこぞって修復したという立派な社。

西暦859年創建の歴史を誇り、都の裏鬼門の要として建てられ、国家守護を祈念する伊勢に続く第二の宗廟と言われて皇室の御崇敬も厚い。
この作品が書かれただろう室町時代、かの世阿弥さんを見出した将軍足利義満の母上は、この岩清水八幡宮所縁の善法寺家の人であり、八幡は、足利尊氏以来崇敬され義満自身も、十数度と参詣している。
なので、ここをストリーに盛り込まないわけにはいかないのであります。


私は、参拝見学コースを申込んで、平清盛が舞を舞ったと云う内陣の舞殿で参拝し、伝左甚五郎作の見事な彫り物で囲まれた結界の瑞垣や、織田信長寄進の金の雨樋、そして、武内宿禰の武内の神をお祭りするとこなどを見せていただきました。
清盛が舞ったその場所で、参拝だなんてロマンがあります。

山の展望台からは、遠く鬼門の守り比叡山を望むことが出来、現代の京都の街並みが軒を連ねていました。

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能では、その景色を、巌松がそばだって。
三千世界もよそならず千里も同じ月の夜。
月光に映える朱色の神殿の瑞垣、錦の幕が壮麗な佇まいの社の前に立つと、ありがたさが込み上げてくる。と謡い上げます。

さて、話に戻ると、神社まで旅僧を連れてくると、老人はもう日も暮れたから帰ると言います。

すると旅僧は、
ところで老人、女郎花とこの山なんか関係あるのですか???

などと、今更、ずっこけるような質問をするのです。
えー。最初の歌問答はなんだったのよ、、。
なんもわかってなかったのね、お坊さんは。

ということで、老人は、旅僧を、女郎花のいわれの塚へと、再び山を下って、引っ張って行くのでした。

この時、先程と同じように、静かに三歩舞台を歩みます。
これで、山の上から麓の塚のあるところまで、場所と時間を飛び越します。
実際には汗だくの20分でした。

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舞台では三歩ですが、麓に来た頃には実際にはそれなりの時間が経っていて、辺りはもう暗いのです。
(能は、照明が落ちませんから、心の中で月明かりを想像)

いよいよ、男女の二つの塚の前に来た二人。

この塚のいわれを聞かせてよ。と僧に尋ねられた老人でしたが、

恥ずかしや、古を語るもさすがなりと云って、夢のように闇の中にかき消えてしまうのでした。

えー!
ここまで引っ張っておいて、この男女の事件を語らずに前半終わるの?
後半に「つづく」になるなんて、今のテレビドラマみたいです。


と、まあ、なかなか長い前半。
岩清水参詣を間に挟むので、一気に物語の核心に近づかないのですね。

現在、男塚と、女塚は市内の1,5㎞離れたところにあります。
男塚は、街の中にひっそりと。
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女塚は、松花堂庭園に。実はこの日、行ってみたら休館日。
女塚には会えずじまい。
小野頼風役の私は、なびき退けられたようでした。


(ここで前半のシテの老人は中入りし、続いて 間 アイ と言われる狂言師が役を勤める麓の男の語りが入ります。)

老人が消え去ると、麓に住む男がやってきて、小野頼風夫婦の身投げ事件の顛末を語ってくれます。

都に出た時に、女と契りを結んだ小野頼風でしたが、忙しくなり、男山に戻って仕事しておりました。
現代で言えば、都会で同棲し、結婚の約束をして、すぐに迎えに行くからと行って地元に帰り、でも仕事が忙しくなって、ろくに連絡もしないでそのままになってしまった。
そんな感じでしょうか。

やがて女は、心配になり男山の頼風の元を尋ねますが、あいにく頼風は山上に用事で出ていて留守でした。
ところが中から、誰かがひどく横柄に、*「今いないよ!帰んな!」と返事をしたので、男が心変わりしたとすっかり誤解した女は、失望して麓の放生川に身を投げてしまったのです。
あたりの人は大騒ぎになりました。
そこへ騒ぎを聞きつけて戻った頼風は、女の亡骸を土中に埋めて女塚としました。

またその時着ていた山吹色の衣も埋めたのですが、そこから女郎花の花が咲き、この山の名草に成ったこと。
そして頼風も、やがて後を追って身を投げて男塚に葬られた事など、この山の伝説が語られます。

*(実際の舞台では、ただ「中より荒けなく」答えたとあります。でもこれ、何となく中から答えたのは女性のような気がしますよね。)
(###元の言い伝えでは、やはり女性だったとの説、留守の者が、別の女の人のところに行ったよ!と答えられたなど、諸説ある模様)

現在の放生川。
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放生川に架かる安吾橋から見た男山。
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旅僧は、麓の男に、さっき不思議な花守の老人に会った事を話します。

すると、「この辺りにそんな老人はいないよ。それはきっと小野頼風の魂が、老人の姿になってやってきたんだよ。
お坊さん、弔ってあげなよ。」
と、いわれて弔いをしていると、いよいよ、かの男女の亡霊が現れて救いを求めるのであります。


能では、恋の妄執といって、この執着心ゆえに地獄に落ちるとされています。
恋愛には、嫉妬や独占欲など、色んな欲望が付きまとう訳で、仏教では、それが要因で地獄に行くと描かれているのですね。

この能の後半では、入水事件を再現して舞語り、女は男に執着し、男も女に執着して、地獄に落ち、男は地獄の山の上に女を見つけて、剣の山を登って刺し抜かれ、岩で骨を砕かれる苦しみを受けていると訴え、最後は救いを求めて消え失せる壮絶なラストです。

まあ、自ら執着の手を離せばいいのですが、それが出来ない頼風でした。

険しい剣が待っているというのに、それでも人は、恋をするのでしょうねえ。
それが人間らしくもあり、共感を呼ぶところなのかも知れません。


と、この曲、内容が物凄く盛り沢山で手強いですが、頑張ってみたいとおもいます。

お問い合わせは観世九皐会事務所。チケットあります。click!矢来能楽堂










山種美術館上村松園展明日まで

先月の砧公演のチラシ製作の折にお世話なった山種美術館で開催している上村松園展が明日までなので、本日ギリギリにうかがうことが出来ました。
上村松園さんだけでなく大家の絵もあり、見応えがあります。

今日は松園さんの「蛍」に恋をしました。
吸い込まれるような可愛いらしさです。

製作年齢が書いてあるのですが、歳とともに絵の美しさが増しているような気がします。
七十歳過ぎてこんな美しい仕事が出来るなんて素敵だなあ。憧れます。

私も歳を重ねるごとに美しい舞台が出来るように頑張りたいと思います。image


私のもう一つの憧れ。
気韻生動の横山大観画伯の富士山もありました。

行けてよかった。葉書と下敷き買ってしまった。

喜久謡会 第6回能のふるさと巡りの旅 観世流独吟集片手にぶらり。その3

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先日の旅行、最終日の旅日記。

今日はまずはドイツ村へ来ました。
能には全く関係がないのですが、今回の幹事ミスターM企画は、心憎い箸休めの観光が入っておりました。
文楽、歌舞伎、クラッシックとご当地に伝わる芸能も垣間見れました。

このドイツ村は、捕虜収容所のあった場所です。
戦争俘虜のドイツ人の人たちが、この地で暮らしなんと3年間で100回も音楽コンサートを開いたとか。
やがて地元の方へ音楽を教えるようにもなり、日本でのベートーベンの第九発祥の地といわれているそうです。
なんでも、この収容所の所長さんが素晴らしい方であった為に、奇跡のような収容所になったとか。
朝からドイツビールという泡の立つジュース(笑)を皆で味見。これまたさすが本場のお味でした。
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ベートーヴェン???

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さてここから伊弉諾神宮に参ります。
ここは、日本で一番古い神社。なんといっても皇祖神天照大神の産みの親の神様です。
能では「淡路」に謡われます。
高砂の住吉三神も伊伊弉諾神の禊の時に生まれた神様ですね。
ここはもう鳥居をくぐる前から気配が違います。
まさにパワースポット。
清浄な地です。
地元の方と思しき訪れる方、帰られる方。当然のように鳥居で頭を下げられて端を通りますね。
神様への敬意と、真ん中は神様が通られるからのとの遠慮。
信仰の篤さの表れで美徳だと思います。
我々も倣いました。
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入るとすぐにさざれ石の巌があり、国歌が書いてあります。
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参道脇にある日時計が11時を指しています。
近年、この神社を中心に重要な神社が配置されているらしいということがわかってきたそうです。
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池の亀が人懐こくて、寄ってきます。亀は神様のお使いですから、皆ちょっといい気持ちになります。

ここから写真があまりなくなります。
境内に入り、ご神前で奉納の謡を許され、淡路の最後のところを一同で謡わせていただきました。
そうこうしていると実に素敵な祝詞が聞こえて来ました。
ちょっと聞いたことのないような素敵な祝詞のお声です。
天の啓示です。
これは是非ここで祝詞をあげていただこうという事になり申し込みをしますと
何を祈願されますか?と尋ねられました。
幹事のミスターM氏は迷わず「能楽の発展です!」とお答えになりました。
長老さんも「それがいい!旅の主旨にも適っているし、皆で大きなことを願いましょう」との嬉しいお言葉!
かくして全員で祈祷の舞台に上がり、長大な祝詞をあげていただきました。

とにかく素晴らしい祝詞でした。やわらかく天に響き、心が清められました。
それから玉串を長老さんと捧げて、ご神鏡に拝礼しました。
そののち巫女舞の奏上もありましたが、これまた実に涼やかな鈴の音もシャンシャンと心地よい美しい舞でした。
私はすっかり感激しましたね。

実は、この淡路の地には若い頃薪能で来ております。
同門の津村師が能「淡路」を舞われた時の地謡です。
以前は定期的に薪能をやっていたそうで、
権禰宜様と能の事などお話させていただき素敵な出会いがありました。


しかーし。バスに乗り込むと。
なんと旅行予定は1時間以上遅れとのこと(焦)。慌てて次の目的地高砂神社に向かいます。
淡路には、ほかにも能楽史跡がありますが、今回は時間が足りずスルーでした。
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さて、もう高砂に着いたときにはすぐ出発しても駄目な程の遅れで、皆で慌てて宮に参り四海波を発声。
この時、神社には参拝客も神社の方も誰もおらず。記念写真をパチリと撮ってすぐに撤収。
訪れるのは三度目なので、ご挨拶をしておきたかったのですが、飛行機に乗り遅れては叶うまじと、バタバタとバスに飛び乗りました。
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この後に室の明神に参る予定でしたが、伊丹空港の飛行機に乗り遅れそうだというので、予定をキャンセルして高砂の海浜公園にだけよって戻ることになりました。
予定変更がつきものなのが、このゆるーい旅のいいところ。

昔は、高砂神社の下まで海だったようですが、今は少し行かないと海は見えません。
まさにこの浜辺は高砂の浦の気色を彷彿とされる素敵な眺め。
写真は逆光なので暗いです。
ここも人気がほとんどなく。
こんな感じで船出したんだよねーと一同納得。
ならばとばかり高砂や♪を皆一節。
もう皆謡わずにはおれない(笑)
波間がキラキラと輝いて美しい瞬間でした。
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さて、いよいよ帰路に着きまして、伊丹を目指しますが、途中敦盛ゆかりの神戸の須磨寺なら高速から近いので寄れそうだと運転手さんのアドバイスで、夕暮れの須磨寺へ。
ここにくると、前は海、後ろは山の一の谷の戦地の地形がよくわかります。
滞在時間は15分?位と駆け足でしたが、旅の最後に敦盛の塚にお参りして、ようやく今回の長旅も終わりを迎えました。
写真は須磨寺の敦盛 直実の等身大巨大フィギア。波打ち際の呼び止めたところですね。

今回の3日間のバスの走行距離は実に600キロ以上とか。
よく走り、よく謡い、よく笑い、よく食べました。
トラベルジャンキーになってしまうほど、実に楽しい旅行でした。

いつもの事ですが、どこに行っても、能の史跡巡りですというと親切にされます。
また、ほとんどの場所で謡いを謡う事を許されます(もちろん短い謡いですが)。
これはひとえに先人のお蔭です。本当にありがたいことだと感謝しています。
また、日本人として伝統に理解を示して下さる多くの方がいることにも感謝です。

能に出会って、人生の楽しみが増えたと皆さん云っていだけるのが、一番嬉しいですね。

最後になりますが、今回お世話になりました、ご当地の皆々様、本当にありがとうございました。
ご親切にしていただいて一同感謝しております。
また関係者の皆様お疲れ様でした。
楽しい時間をありがとうございました。
心より御礼申し上げます。

また、素敵な旅に出かけましょう!

今回旅先で謡った謡
賀茂  藤戸 猩々 通盛 屋島 海士 高砂 淡路  敦盛 かな。。

話にでた関連曲
藤戸 通盛 敦盛 忠度 経正 屋島 景清 須磨源氏 淡路 逆矛 高砂 玄象 松風 千手 賀茂 室君 二人静 船弁慶etc 
この辺りは源平の古戦場もあり史跡の宝庫ですね。


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喜久謡会 第6回能のふるさと巡りの旅 観世流独吟集片手にぶらり。その2

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さて旅も二日目です。
四国に入り、金毘羅様は歩くのが大変だというので、下から遠ーくお参りして、日本最古の芝居小屋という金丸座の見学に行く。ここは今でも歌舞伎がかかる有名な所。
良く管理されていて、今でも現役で使えるのが素晴らしい。
芸の伝統以上に、それを取り巻く環境や道具や舞台を維持するのは本当に大変な事です。
自然光の明かりや場内の雰囲気がとても素晴らしかったです。
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さてバスの運転手さんも行ったことがないらしい白峰山の山道をあがって行くと。。
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ここは崇徳上皇様の祀られている御陵があります。能では松山天狗という曲が崇徳上皇の事をテーマにしています。都に帰れずこんな人里離れた山の中に葬れれ、さぞお寂しかろうと西行さんも思ったのですね。
西行法師の歌が残されています。
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悲劇の天皇として知られ、武家政権樹立への引き金を引く保元の乱の中心人物のおひとりです。
皆、汗をかきかき頑張ってお参りしました。今は宮内庁が管理してるのかな。綺麗にされていてよかったです。

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歩いた後は、お腹もすいて下界に降りて讃岐うどんをいただきます。
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山で時間を1時間もオーバーしたので、ここからは物凄い駆け足。食事時間は15分の早食い競争になりました。
こちらのうどんは、腰が強く、太くてとても長くてしっかりとした美味しいものでした。さすが本場。
うどんにあやかって皆元気100倍でありました。
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移動距離も増えて、時間もなくなってきたので屋島をゆっくり周る予定をカットして、中腹の展望から古戦場を一望。皆で屋島を謡いました。
このあたりから見える海上も檀ノ浦というそうで、長門の壇ノ浦と同じです(漢字の偏が違うようです)。地元の方はだんノ浦と聞けば屋島を想像するとか。ちとややこしいです。
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屋島から鳴門に向かう途中に海士の玉取伝説のある志度寺の海士の塚に寄りました。
ここに行くと墓守のおばさんがいつもいて、伝説を語ってくれるそうですが、私らが海士の切の短い一節を謡うとたいそう喜んでくれました。先を急いでいたので、ゆっくりとお話もせずに立ち去りました。
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寺の前には海が開けており、伝説を彷彿とさせました。
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さて駆け足で予約してあった淡路人形浄瑠璃のを観に行きます。修学旅行の小学生も入って劇場は満席!1日5公演!凄い!
恵比寿さんが登場するおめでたい浄瑠璃です。しかも、初心者の為の詳しい解説講座付き!
まるで能楽講座のように、細かな説明を若い?演者さんが一人一人説明して下さる。
これで1舞台ついて50分位の公演ですね。この短さがとてもよかった。
普及のための公演スタイルだと思いますが、能にもこういうのがあったらいいなあ。

でも私は、旅疲れで、解説の間睡魔に襲われました。
楽しいくて面白いお話なのにふっと眠くなる。
あーなるほど、能楽堂で眠くなるのはこういうことかと納得(笑)
劇場の空気と素敵な声に安心するのですねきっと。
この日の義太夫はなんと女の子でした。発声の為に、下腹を締め上げる帯を巻き重しを入れて、これがとても大切だと教えていただきました。勉強になりました。

淡路の人形浄瑠璃は、500年の歴史があり、文楽も淡路と密接な関係があるとか。
短いめでたい演目見て、気持ちも晴れて前途洋々。
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さて、劇場の前から船が出ていて、修学旅行生と一緒に鳴門の渦潮クルーズに出発!この日は、着物だったせいもあり、子供たちに珍しがられて囲まれました。「能も観たことあるよー」と。嬉しいコメント。
大阪の学校は文化度が高いね。とにかく元気なちびっこに元気をもらっての1時間の船旅でした。
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この鳴門は、もちろん能「通盛みちもり」の妻、宮中一の美女といわれた小宰相の局が身を投げたという物語の場所でもあります。バスの中で通盛を謡い、船でも謡おうかと話していましたが、子供たちの大騒ぎの中で、悲しい物語を謡うのも場にそぐわぬと、ここは子供たちと一緒に渦巻き鳴門を楽しみました。
大きな渦が巻くと、ワーワーキャーキャーと大盛り上がり。お陰で私らも楽しい旅になりました。
ありがとね。
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二日目は、かくして日も暮れ大宴会へと突入。。。。
遊びの旅は最高ですわ(笑)

喜久謡会 第6回能のふるさと巡りの旅 観世流独吟集片手にぶらり。その1

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旅の始まりはじまり~
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ゆる~い旅なのですが、能舞台とあってさすがに皆緊張ー。暑いくらいの晴天でした。
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この日の後楽園は結婚式が30組とか。和装のおめでたい人たちとすれ違うたびに「おめでとーございます!」とお祝いムードの微笑ましい散策となりました。
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池の細い石橋を落ちないように渡って離れで食事。
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旅の無事を祝って乾杯!
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ここから史跡巡りで藤戸寺。史跡ではお断りをして謡を謡うのがこの旅の楽しみ。
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経が島は、漁師を始め戦没者を弔って経を埋めたところだそうです。
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盛綱橋は、今も先陣を切って駆ける佐々木盛綱がいます。
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岡山美観地区に宿泊。東洋のベネチアとか??
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NHKドラママッサンに出てくる館らしいす。
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初日の舞台と旅の成功を祝って乾杯。旅の最中はずっと小型拡声器のインカムが手放せなかったですね。

あらためまして
今年も喜久謡会社中有志による「能のふるさとめぐりの旅」と題した史跡巡りの旅に行ってきました。
この行事は、元々飲み仲間である長老さんと「どっか旅でも行こうか~」と酒呑み話に旅の企画を立て、ゆる~く始まった内輪の個人旅行です。
ところが、毎回面白いくて楽しくて美味しくて為になっていい出会いがあって、日頃見せない遠藤の笑顔も見れると(笑)、いいことばかりのだというので、人が人を呼び6回目の今回はなんと18人も参加!
毎回スーパーツアーコンダクターをして下さる幹事ミスターM氏も大変でした。
なにせ旅行会社の知らない場所ばかりバスを貸し切って行くので、旅行会社もお手上げでM氏の仕切りで毎回ツアーは成功するのでした。
M様本当にお疲れ様。ありがとうございました。
社中の気心の知れた楽しい仲間との旅は最高です。

さて、今回は羽田から飛んで岡山スタート。
岡山在中の九皐会同門の能楽師西出様にご紹介していただいて岡山後楽園能舞台見学をさせてもらいましょうと企画しましたが、
でも、せっかく行くなら皆謡えるし舞えるし、軽く景気づけにいっちょうやりましょうと謡会をすることになり。。。
東京で少し稽古をしてから乗り込むことになりました。
およそ1時間ばかりとはいえ、番組も仕舞13番小謡3番のなんだか立派な催しになり。
それなら着物も用意してと話はどんどん本格的になり(笑)
岡山出身のNさんの同窓生が沢山観に来て下さる事になり、遊び気分の稽古不足の皆は大緊張ー。
(稽古不足は幕は待たない♪ 夢芝居)
Nさんはご当地曲「藤戸」の仕舞を立派に勤めて面目躍如でございました。

このあと後楽園を散策。庭園の中の廉池軒で昼食。ここでも長老が「老松」を発声してからの楽しい食事。
ひとしきり後楽園を散策して藤戸寺に向かいます。
岡山県内の関連は「藤戸」のみとか。
今回の旅のお供は、「観世流独吟集」と「観世流小謡集」
この本が小さくて旅のお供に最高です。

お寺の方に一声かけて裏手の塚で藤戸の一番最後の成仏するとこを皆で唱和。
旅行会も 6回目となると皆慣れたもので大きな声で堂々と謡います。
お寺の方に、藤戸関連の史跡を教えていただき、経が島、盛綱橋、乗り出し岩と散策。
この辺りは今は完全な住宅街の陸地ですが、源平当時は、浅瀬の海であったわけですね。
800年前にタイムトラベルすれば、我々の頭の上を源氏の騎馬武者達が先陣を争って駆けていたに違いありません。
今の日本の平和がいつまでも続いて欲しいものです。

藤戸寺下の鯛よしさんで、たい焼きではなくアイスをほおばり、気が付けば陽も傾きホテルへ向かいます。
そして夕暮れの美観地区を散策。NHKドラマ「マッサン」に出てくるらしい館もあり、ぶらぶら散歩楽しかった。

というわけで、旅はまだまだ続く。




能のふるさと巡り

http://yohanashi.exblog.jp/夜ばなし写真館更新→10月23日

今年も社中有志で能のふるさと巡りに行って来ました。
今年の模様は能楽夜ばなし写真館にUPします。

鎌倉史跡巡りと俊寛の鑑賞

先月の史跡めぐりの様子をUP忘れてました。ホームページ見てください。
まだちゃんと書いてませんでしたが、来週21日俊寛のなので、急ぎUP。
ホームページへ→GO!!

鎌倉史跡巡りと俊寛の鑑賞

先月の史跡めぐりの様子をUP忘れてました。ホームページ見てください。
まだちゃんと書いてませんでしたが、来週21日俊寛のなので、急ぎUP。
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