能楽夜ばなし

能楽師遠藤喜久の日常と能のお話

舞台こぼれ話

紫陽花

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国立能楽堂の周りにはあじさいが沢山咲いていて、楽屋の中からもよく見えます。
舞台の合間に癒されます。

赤頭狐戴輪冠

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ryoushi作

今日の学生鑑賞会は、ちょっと可愛い狐さん。
よく見ると、ぐらつき防止の細工あり。

皮にウルシに箔を乗せて作ると軽くて丈夫でしなやか。
これも皮らしい。

矢来能楽堂客席が新しくなって新春スタート

今年も一年が始動しました。
どうぞよろしくお願いします。

かねて当ブログでも話題にしておりました、一門の本拠地、矢来能楽堂が、年末の改修を経て、客席が新しく生まれ変わりました。
本日はそのお披露目の会があり、一門も正装にて参集しました。

実際に客席に座ってみると、赤い椅子がとてもシックな装いで実に素敵になりました。
これもひとえに、多大なるご後援、ご寄付をいただいた多くのお客様のお陰です。
皆様お一人お一人のお力添えのお陰で、素敵な客席になりました。

今日は披露会の後、長いこと皆で客席に座って、ずっと誰もいない舞台を眺めていましたが、
座り心地もよくて、ここで能がゆっくり見れたら幸せだろうなと、
この登録文化財に指定された古くて新しい舞台が、今更ながら愛おしく思えました。

皆さんのお力によって、まさに皆さんの能楽堂になった気がいたしました。
感謝でです。
今度の椅子には、椅子の背中に能楽の詞章プレートがついたのですが、これもご寄附の方々のお陰。
素敵な能楽堂にしていただいて本当にありがとうございます。

今週末日曜日より、いよいよ今年の定期公演が始まります。
新しい客席は、是非その目で直にお確かめください。



また、私が「邯鄲」のシテを勤めさせていただく矢来能楽堂、若竹能公演(2月28日)もチケット発売になりました。
是非、この新しい客席から見ていただけたらと思います。
頑張らねば。何卒宜しくお願いします。


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子供の頃、客席を走り回っていた兄と感慨深くツーショット。





本日は矢来能楽堂定期公演でした

朝アップした記事が何故か消えてる??
今日は、満席ですよーという情報でした。

仕舞の地頭と能船弁慶の地謡でした。

仕舞の地謡は、小唄、中ノリ、平ノリ、ロンギや切と色々出てきました。地謡いの聞かせところだったので違いが出せてたらいいのですが。

今日の能の子方はシテの長山さんのお孫さん。
今日は、ぜーんぶ彼が持っていったなあ(笑)
立派な能楽師になりそうです。楽しみです。

私は年内は九皐会で、いろいろと勤めさせていただきます。
そんなわけで今年の秋は個人主催の遠藤喜久の会はいたしません。
来年5月24日に矢来能楽堂でいたす予定です。


明日にでも年内の予定は、また告知しますね。
宜しくお願いします。

触れてみよう能楽の世界 高砂 舞台後記

日曜日行われた公演写真より後半場面を1枚up
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ご存知 世阿弥作の祝言能「高砂」
何度かこの舞台となる兵庫県高砂市の高砂神社を訪れているけど、海も近く風も爽やかで、松が境内に其処彼処に育って居て、なんとも清らかな風情があります。
ここにはかの有名な相生の松があります。
今は五代目とか。

「 相生」という言葉。
共に生まれ育つという事ですが、音では相老にも通じ、共に老いるまでとも表せます。
雌雄の松、あるいは赤松黒松の2種類の松が偶然にも癒着して一つの木として育つ事があり、それを相生の松というそうです。
現在高砂神社にある松は、赤松黒松の相生の松だそうで、海辺に育つ黒松と、山辺に育つ赤松の種子が偶然にも癒着して一つの松として相生となる姿を、我々人間の夫婦和合の理想としたのですね。
常緑樹として常に緑をたたえ、その威風堂々たる姿は、神木と崇められて来ました。


能の高砂のお話は、古今集の序文に「高砂住の江の松も相生のやうに覚え」とあり、大阪住吉の松と高砂の松はまるで夫婦のようだという、当時の流説が記されている一文に着想を得たと思われ、高砂、住吉とそれぞれ遠く離れたところに住む老夫婦の松の精が、夫婦愛と松の徳を語るお話で、今で云えば遠距離恋愛とか、別居夫婦のような形ですが、心が通じ合っていればOKさと言っているわけです。

後半は舞台を住吉に移し、住吉の神が泰平を寿ぎます。
この神様は、イナナギ神のアオキガハラの禊で生まれ出た神々の中の一柱です。(住吉三神 )
現在では後場の住吉の神は、写真のような姿で登場するのが伝承されていて、これが神官に神が憑った姿とも、若い神様の姿とも見て取れるような出で立ちです。神舞という颯爽とした舞を舞いめでたく舞い納めて終曲します。

能のジャンルの中で、神能は総じて清々しく、特に高砂は爽やかな光と風に満ちているので、私の好きな演目です。
厳かな古態の作りの能が、能楽堂とは違う特殊な音楽ホールの会場でどうか。初心者向きの講座能でいささか難解かなとも思いましたが、ワークショップ10周年を祝って世阿弥以来の名曲が上演出来て良かったです。

関係者の皆様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。



壮絶!地獄の曲舞

今週末日曜日は、定期公演で「歌占うたうら」の曲の仕舞を舞います。
この曲、先日の「弱法師」と同じ観世元雅作ということですが、まあ、この人の作品は、ほんとヘビーです。
人の運命や死を通じて、考える問いかけをしてくる。そんな曲目ばかりが並びます。
この曲は、伊勢の神主が諸国を巡るうちに頓死し、三日後に蘇るという奇妙な話です。
やがて占いをしながら、帰国の途に就こうと思っているところで、父である自分を探しに来た生き別れた息子と再会する。
そして、地獄の曲舞を披露するという下りで、この舞が舞われます。

さてその舞の詞章を例により私なりに超訳したのがこれ。
「人はいつかは死に、この世で持ったものは、物であれ情であれ荼毘に焼かれ、結局は冥途で閻魔大王から呵責の言葉を聞くのだ。
時の過ぎ去った今、まるで夢のようにぼうっといているのだ。誰がが後に残り自分は死んでゆく。誰もとどまることは出来ず、それは誰一人変わりがないのだ。
経文に説かれたように我々が輪廻転生する三つの世界は、まるで火に焼かれた家のように不安であり、天人や神仙であっても死の苦しみを受けるのだ。まして下劣で罪作りな者が、悪の報いを受けるのは当然で、多くの人間は、受けなければいけない死の苦しみの他に、さらに色々な苦しみの種、悲しみの種を作るのだから、死後受ける罪の軽いはずがない。
こうして落ちる地獄には。
ざんすい地獄。臼の中で身を砕かれ血が辺りに飛び散り、しかもこれが、一日の中に生かしては殺し殺しては生かしと苦しみを繰り返すのだ。
剣樹(けんじゅ)地獄では、剣の樹に登れば体が節々でばらばらに裂け落ち、剣の山を登れば体がばらばらになってしまうのだ。
石割(せきかつ)地獄は、両崖に大きな石があって罪人を打ち砕き、次の火盆(かぼん)地獄は、頭に火を戴き、全身から炎が噴き出すのだ。またある時は、焦熱地獄大焦熱地獄で炎に咽び、またある時は、紅蓮地獄大紅蓮地獄で氷に閉じられ、またある時は鉄の杖で頭を砕かれ、火焔で足を焼かれたりすのだ。そして飢えれば鉄の玉を飲まされ、喉が渇けば銅の汁を飲まされるのだ。地獄の有様はこのように数えきれないほどあるのだ。
確かに、餓鬼道、畜生道、修羅通の苦しもひどいが、しかし、自分たちの堕ちる地獄の苦しみ程はひどくないのだ。
しかし、これも我が身より作り出した罪であるから、だれが責めるのではない、自分のわが心が鬼となって身を責めて、このような苦しみを受けるのだ。
まことに夕暮れの月に浮雲のかかる様は、人間の迷いを示しているようだ。」

とまあ。言葉を読むだけでもとにかく痛そうであります。
行きたくないなーこんな所には。
悔い改めて身を清らかに行いを正して生きて行きますので、勘弁してください!これからは、いい種蒔きます!
と昔の人も思ったに違いありません。
私も思います。ほんと勘弁して下さい。
やっぱり最後は愛であります。

仕舞で演じる型では、基本的な差し込み開きといった型の組み合わせで舞うので、痛そうそうとか苦しいそうな演技とかは一切ないので、観ていても詞章を知らないと、全く怖くないのでありますが、ひとたび言葉がわかると、やっぱりこれはホントに地獄の曲舞であります。

これを舞うのも何かの巡り合せ。頑張って勤めます。
まだ定期公演チケットあるようです。
よろしければこちらも是非!⇒クリック!





松虫

日曜日の神楽坂矢来能楽堂の定期公演で、仕舞「松虫」のクセを舞います。
クセとは曲と書きますが、一曲の中で地謡の謡どころ聴かせどころの音曲部分で、今風にいうと音階や言葉のリズムに変化のある、いわゆる‘くせ'のある一節です。舞があればクセ舞ですし、なければシテは座ったまま地謡がメインの居グセとなります。
松虫は舞クセですね。
この曲、大阪の阿部野辺りの話で、今も駅名や塚が名残を留めています。秋の野原にリンリンと鳴く松虫。
その松虫の鳴く野原で友を亡くし、その後を追った男の物語。
男の友情をテーマにしていて、それが現代人には濃厚とも感じられるので様々解釈をされていますが、この曲舞の部分では、友と酒を酌み交わした思い出を、友を偲びつつ、中国の故事、菊慈童の菊水や、虎渓三笑のお酒の話を引き合いに出しながら謡われて行きます。
そして誰も彼も酔って全ての木々も紅葉していると舞い語ります。
しかし、ただ松虫だけが友を待って一人鳴いている。その虫の音は友を待ち偲び思う自分の心と秋の野に響き合うのです。
能になると囃子や音曲や舞いの華やかさがあって寂しい感じはあまりしないのですが、テーマには哀愁があります。
今回はお仕舞いです。


この松虫の事を考えていたら、若くして他界した幼馴染の親友の事を思い出しました。
学生時代には本当によく朝まで酒を酌み交わしたものでした。
久しぶりに友を思い出しながらお酒を静かに呑みますかね。

友を待ち詠をなして舞い奏で遊ばん



生田敦盛

能楽夜ばなし写真館7月6日更新

明日は七夕ですね。明日から所沢ワークが始動します。
7年目の夏。あっという間の7年でした。

さて、週末は観世九皐会の定期公演です。今回番組は面白い。師匠の喜之先生の「鉄輪」と、喜正師の「小督」の能。
そして、父、六郎「楊貴妃」と、長山師「天鼓」の仕舞に、わたしもご一緒させて頂きまして、「生田敦盛」の仕舞を舞わせて頂きます。
この日は、親子共演が二組。定期公演では、珍しい組み合わせですね。

源平盛衰記や平家物語に登場する「平敦盛」は、熊谷二郎直実に一ノ谷戦いで討たれます。
熊谷は、息子と同じくらいの年の敦盛を手にかけたことを悔やみ出家し、一ノ谷を訪れ後を弔います。
そして、敦盛の亡霊と再会するのですが、これが能「敦盛」のストーリー。

この敦盛、能では十六(じゅうろく)という面をかけたりもします。なぜ十六かというと、16歳だったからというわけ。
現代とは年齢感覚が違うとはいえ、やっぱり若いですね。まだ、少年です。

生田敦盛本
さてこの、敦盛になんと子供がいて、親のいない子として育った幼子が、十歳になった時、敦盛の子だということが、名乗り出た母親によってわかるのです。そして、お告げによって生田の森に行くと、父敦盛の霊と再会するというのが、「生田敦盛」の異色のストーリー。16歳で戦死。しかし、子供もいたというのです。びっくり。
能では、親子の再会のからみは、さっぱりしていて、戦語りに展開します。
能では、戦場で戦った人は、死後、修羅道に堕ちて、死後も戦いの世界に明け暮れるのです。
せっかく再会を果たした敦盛ですが、再び修羅の地獄の戦いへと連れ戻されます。
最後に、消え去る前に子供に回向を頼んで・・・。
装束附を見ると、面は敦盛か童子となっています。子供顔。面白い演出ですね。機会があれば、能も見てみて下さい。

この最後の場面。キリとか切とか、いいますが、この仕舞のところを今回私が勤めます。
面を付けませんからね。どう見ても16才には見えませんが、心は敦盛ということで。(笑)
神戸の生田神社というのは、今は結婚式で有名ですが、この辺りが、一ノ谷の古戦場の戦闘区域に入っていたのですね。生田神社の裏手には、生田の森が今も少し残っていますし、梶原の箙の梅の古跡とかもあります。この辺り、能楽関連の史跡巡りには、楽しいスポットです。

おー、今日のブログは少し、能楽路線に戻った(笑)


春ですねぇ

いよいよ暖かくなってきて、着るものが迷うこのごろ。
舞台も少しづつ、詰まってきました。

土曜日に中野ゼロに出演。
以前所沢で私がプロデュースした250本のロウソク能と同じ紅葉狩の舞台なのですが、この劇場に合わせて主演のK君がセットと照明を工夫して綺麗でした。
この劇場は横に間口が広いので、1300入るホールなのに舞台が近い。
客席で観てみたかったですね。
演目は古典作品ですが、劇場で一工夫すると、全く違った舞台効果が得られるのが能の面白いところでもあります。
ほんの15年前は、こうした舞台演出を取り入れるなんて、考えららなかったんですが、こうしたことに我々もだいぶ慣れてきて経験値が上がってきた感じです。

子供の頃、この劇場の裏の坂でよくスキーをしたのです(笑)
久しぶりに中野駅南口を歩いて楽しかったです。

日曜日は、九皐会 忠度と胡蝶
定期公演では、初めての副地頭でした。
能の地謡は正式には8人。
地頭(じがしら)が、いわばコーラスリーダー。
私はその横。
会にもよりますが、九皐会などだと、この真ん中に座るように成るのに、30年くらいかかる事もあります。なんといっても先輩方沢山いますからね。
若手の会ならば機会がありますが、九皐会定期公演では層が厚く、上は83歳の父からずらりと諸先輩方がいますので、一つ一つ席をあがって行く感じです。
まさに40、50歳は洟垂れ小僧(笑)

能の地謡は、決まりごとの多い中にも、間合いや緩急、リズム、音程が絶対音でないなど、繊細な自由があります。演者や囃子、場の空気によって常に変化するその微妙な感覚を一瞬一瞬感じ取りながら作ってゆきます。ベーシックな部分では、決まりごとが多いですが、一番大事なとことは個人にまかされているような感じです。ですから、その時の場の感じや、メンバーや様々な要因が重なって、その都度出来栄えが違うのですね。古典の演目は200数十番ですが、一見、同じ事を繰り返すように見えながら、常にその時の演者で新しい世界を作っています。それが、とても新鮮で楽しいところなのです。

能は無形。一瞬一瞬、池に落ちた花びらが、風が波紋を作り出しては消えてゆくように、心に記憶に時を刻みつけながら、消えてゆきます。
それは、人の生き様のようでもあり、人間が生に作り出し、それを感じるのも同じ人間というところが、とても面白いです。

今日は横浜能楽堂にかく学生さんの鑑賞会に行ってきました。
紅葉坂が意外といい運動になりました。

祝杯

昨日は九皐会別会
父六郎が誕生日を迎え、齢83歳
お蔭様で現役。
昨日は仕舞を勤めました。
83歳になって初めての舞台ということで、出番前に記念撮影の1枚。
なんだかプロフィール写真みたいですね(笑)
rokurou


お祝いかねて、終演後は中野の蕎麦屋で一杯。なかなか美味しかったです。
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