早いもので今年の毎月の九皐会定例会も本日無事終了いたしました。
一年間、ご来場賜りました皆様、誠にありがとうこざいました。
今日は人数物の七騎落という曲で、喜之先生と喜正師、和歌さんの三代共演で、楽屋も賑やかでした。もう一番は健之介君の九皐会での初シテでした。
また将来能楽師を目指す若い子達も楽屋に働きに入るようななりまして、皆揉まれながら自然となじんで行くのだなと、自分の若い頃を思い出しました、

矢来能楽堂は、裏の楽屋の改修工事が明日から始まり、子供の頃から出入りし、内弟子で住み込んだ楽屋とも今日でお別れでした。
意外と感傷はなくて、次の未来が楽しみな自分でした。

納会が済みますと年内もカウントダウンに入りますが、今年はまだ学校公演が残っており、あちこちと飛び回ります。私はあと二番ほどシテを勤める予定です。最後まで頑張って行きたいと思います。


さて来年平成31年の九皐会定例の一月公演では、早いもので、いよいよ翁の太夫を勤めさせていただきます。

丁度30年前の昭和最後の正月。即ち平成元年正月の定例会は、昭和天皇御崩御の弔意を表し神歌法会の式となり、その千歳を勤めまして、翌平成二年の正月に師匠 観世喜之先生の翁の千歳役させていただきました。
あれからあっという間に30年経ったのだなと、しみじみ思います。

その後何度か千歳の役はさせていただくことになるのですが、平成五年に三度目の千歳の時、今度の鼓の頭取を勤め下さる鵜沢洋太郎さんが、その時の脇鼓で、頭取が人間国宝の鵜沢寿先生、もう一人の脇鼓が私の鼓の師匠でした鵜沢速雄先生でした。
鵜沢家三代の鼓で、その時お勤めいただいたのが印象深いです。

初めての千歳の時は、当時住み込み修行中でしたので、喜之先生に何度も稽古をつけていただき、また鵜沢先生が初役を心配してくださって、鼓の稽古の後に当時稽古場にされていた鐵仙会の稽古場で稽古をつけていただいたのが忘れられない思い出です。

速雄先生は恐ろしい程の裂帛の気合いで、間違えたら生きて帰れないような気がして、必死に叫んで舞っていたように記憶しています。
それを、たまたま事務所におられた先代の観世銕之丞先生が、おっ、何かやってるなと覗きに来られて、何も仰らずに、見て見ぬ振りをして微笑んで去られたのも懐かしい思い出です。
(その当時、父は鐡仙会の定期公演に伺っていたので、公演でご一緒させていただくことも多かったので今よりも交流がありました。)


当時を思い出すと、若い頃は口から心臓が出るような思いを何度もしましたが、今になれば良い勉強をさせていただいたなと思います。

あの頃の師匠方の年齢を自分が既に越したのだと思うと、己の未熟さに恥じ入るばかりですが、精一杯勤めを果たしたく思います。

数日前、洋太郎師に来ていただき、翁の稽古をさせて頂きましたが、30年前の緊張が蘇るような思いがしました。やはりこの曲は特別の中の特別なのだなと思った次第です。
無事に新春の舞台に出演し勤められる事を祈るばかりです。

どうぞよろしくお願い致します。

久しぶりの投稿で、長文になり失礼しました。