9月28日の所沢能の話題を毎日連載中です。
480ikkaku

能の中には、結構異形の生物や現存しない者達が登場する。
その筆頭は、やっぱり鵺(ぬえ)だろうか。
頭は猿 足手は虎 尻尾は蛇。

いわゆるキメラ生物である。
遺伝子研究の進む現代において、イギリスでも密かにキメラ研究をしているチームがあると話題になった。
今やイギリスに限らず、世界中で研究が進むと聞く。
一つの個体に違う遺伝子情報が混じった生物。いわゆる混合生物である。

通常免疫システムがあるから、違う遺伝子情報を持つ者は、外敵と見なされ拒絶反応を起こす。
なので異種の生物は、引っ付かないとされるが、ところがどっこい、この免疫系システムの抜け道を使ってハイブリッド種を作る禁断の研究がされているのである。

日本に限らず、海外の神話世界にも異形の者達が、数多く登場し、ある時は神として語られることすらあるのだから、人がその研究に行きつく事は仕方がないのことなのか。
すでにゲームやアニメや映画の世界では、こうしたキメラやミュータントは沢山登場するが、それが現実なってきたのである。
生命の秘密を知るという好奇心の為に、神のみぞ行える生命誕生の秘儀に手を出そうとしている。
それが我々がどこから来たかを知る為に必要なのか。、また、多くの同胞を救う為に必要なのか。
実に悩ましい話である。

しかし、本来生物が持つ免疫系システムは、他を拒み、通常は決してキメラは生まれない。
それを本能的に知っているからなのか、我々はキメラのような異形の物を疎み畏怖してきた。
強ければ神となり、弱ければ頼政に討たれた鵺のような化物になる。
日本では、神代の時代からこうした不思議な者達が登場するので、案外これらに鷹揚であるかな。

さて、能の一角仙人も額に鹿の角を生やしている。
「鹿の胎内に宿り出生せし」と、冒頭のセリフでしらっと語られる。
何故彼が鹿の胎内に宿ったかは、能では語られない。

もともとは紀元前のインドの話であり、中国に渡り、日本にまで伝わって来た話だとういう。
神聖なる聖者の漏精を水と共に鹿が呑んでしまったという事が誕生の秘密らしい。
なんかインドっぽい。

ちなみに原典といわれるインドのマハーバーラタでは、なんと一角仙人は、鹿の角の生えたうぶな少年だとか。
ちょっとかわいい。妖精王のプックみたいだ。

で、せっかく修行して力を得たのに、女性に迷って力を失う。そんな話だそうだ。
うぶな少年が色香に迷うのは、絵的には許せる気がするが、教訓として書かれたのかな。

しかし、彼は、生れた時から仙人になるしか道はなかったと思う。
額に角を持つ子供は、きっと人里では暮らせないもの。
それでも悪の道に走らずに、仙人修行に励んで、人里から離れた高山で霞を食べて孤独に暮らし、女性とも交わらずに、ついに神通力を身につけた。
それなのに・・・。
なんか憎めない男である。

さて能の物語としては、細かい説明はされずに、雨の龍神を、一角仙人が捕まえて封じ込めてしまった。
そして、下界の人の住む国に長らく雨が降らなくなり、ついに龍神を奪還すべくお色気作戦が決行される。
こういう事になっております。


日本版の原典のひとつ太平記では、まんまとお色気作戦は成功し、女性に触れて通力を失った仙人は弱って死んでしまいます。哀れ。
もう一つ、今昔物語では、通力を失い力を力をなくして、龍神は喜びの雨を降らせ、仙人は、よたよたのバビル2世のヨミのように一気に老いてしまって、それでもその女性をヨロヨロしながら都まで負ぶって行く。
都の者に笑われても、きっちりと送り帰す、なんともジェントルないい男であった。


へー。能にもそんなくだけた話があるの?
そう思った皆様。
実は能の見どころは、そういうところではないんですねー。

続きはまた明日。


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