能楽夜ばなし写真館7月6日更新

明日は七夕ですね。明日から所沢ワークが始動します。
7年目の夏。あっという間の7年でした。

さて、週末は観世九皐会の定期公演です。今回番組は面白い。師匠の喜之先生の「鉄輪」と、喜正師の「小督」の能。
そして、父、六郎「楊貴妃」と、長山師「天鼓」の仕舞に、わたしもご一緒させて頂きまして、「生田敦盛」の仕舞を舞わせて頂きます。
この日は、親子共演が二組。定期公演では、珍しい組み合わせですね。

源平盛衰記や平家物語に登場する「平敦盛」は、熊谷二郎直実に一ノ谷戦いで討たれます。
熊谷は、息子と同じくらいの年の敦盛を手にかけたことを悔やみ出家し、一ノ谷を訪れ後を弔います。
そして、敦盛の亡霊と再会するのですが、これが能「敦盛」のストーリー。

この敦盛、能では十六(じゅうろく)という面をかけたりもします。なぜ十六かというと、16歳だったからというわけ。
現代とは年齢感覚が違うとはいえ、やっぱり若いですね。まだ、少年です。

生田敦盛本
さてこの、敦盛になんと子供がいて、親のいない子として育った幼子が、十歳になった時、敦盛の子だということが、名乗り出た母親によってわかるのです。そして、お告げによって生田の森に行くと、父敦盛の霊と再会するというのが、「生田敦盛」の異色のストーリー。16歳で戦死。しかし、子供もいたというのです。びっくり。
能では、親子の再会のからみは、さっぱりしていて、戦語りに展開します。
能では、戦場で戦った人は、死後、修羅道に堕ちて、死後も戦いの世界に明け暮れるのです。
せっかく再会を果たした敦盛ですが、再び修羅の地獄の戦いへと連れ戻されます。
最後に、消え去る前に子供に回向を頼んで・・・。
装束附を見ると、面は敦盛か童子となっています。子供顔。面白い演出ですね。機会があれば、能も見てみて下さい。

この最後の場面。キリとか切とか、いいますが、この仕舞のところを今回私が勤めます。
面を付けませんからね。どう見ても16才には見えませんが、心は敦盛ということで。(笑)
神戸の生田神社というのは、今は結婚式で有名ですが、この辺りが、一ノ谷の古戦場の戦闘区域に入っていたのですね。生田神社の裏手には、生田の森が今も少し残っていますし、梶原の箙の梅の古跡とかもあります。この辺り、能楽関連の史跡巡りには、楽しいスポットです。

おー、今日のブログは少し、能楽路線に戻った(笑)