ようやく、少し日常感覚戻ってきました。
大きな公演とか大役をすると、役の余韻が抜けないことがありまして、なんというか舞台のあと抜け殻みたいになる時があります。
糸が切れるというか。ちょっとぼーっとしてしまう。
私は社中の稽古とか、人と話したり、映画とか見て気分を元に戻すんですが。
今週は、前半スケジュールを緩めておいたので、なんか久々にボーっとしてました。
これが公演や稽古が立て続くと逆に、次の緊張へとスパッと切り替わったりするので、全く休みを入れないでリズムを整える演者の方とかもいますよね。

私は、せめて年一度の遠藤喜久の会の後くらいは、1日2日は休みたいと考える道楽者なので(笑)。
それでも稽古やら打ち合わせでようやく感覚が戻ってきました。
土日も催しで、解説やら地謡やら後見があります。日曜は同門 古川充君の海士。自らの名前を掲げての旗揚げ公演です。凄く頑張っていますから、是非来て下さい。まだチケットあるようです。
このところ同門若手の舞台がずっと続いていて、物凄い勢いを感じますね。こちらも頑張らねば。

稽古場で、先日の「隅田川」の船頭さんが腰に太刀を挿していた。きっとそれなりの立場の人かしら。という話がでました。良いところに目をつけました。

ホームページの解説にも書きましたが、船頭ではなくて渡し守。なんですよね。これは結構重要なことではないかと思います。これによって芝居がわかると私は考えています。ただの身分の低い船頭ならば気安く声をかけるけど、渡し守ならば、腰に刀も挿してていますし、いくら狂女でも恐れが出てきます。狂いながらもどうしてもやわらかくなる。そして、渡し守ならば、伊勢物語くらい知っている教養があるだろうと。そして、狂女にしては業平を知っている女。おや、優しいねと。

この辺りの謡を父に稽古を見てもらい、何べんもなおされて、どうもしっくり来ないので色々聞いてみると、シテとワキの関係性がわかっていないよと。どうもそういうことらしい。謡の台本って細かいこと書いてませんし、役の人物像がはっきりしないこともある。
謡い方の伝承は理屈抜きの鸚鵡返し的なことがあるので、鵜呑みにしてしまうときがあるのですが、掘り下げてみると、そういう謡い方をする、ちゃんと理にかなっていたり理由があったりするわけです。
別に理屈なんてものは、あとからいくらでもこじつけられるし、そうじゃないやり方でも成立しさせられるんですが、今回は、父が元気で、本人も3,4回隅田川をやっていて、昔の名人上手から教わったことを色々聞けて良かったですね。もう十五年位前に私が稽古してもらった時は、そういう話は全く出なかったし、いわれてもきっと判らなかった。こいう大きな催しの中で、たまたまパッと、そういう話が出てくる。自分が出来るかどうかは別にして、長生きの親父のありがたみを感じた今回でした。
役者は舞台で解説できないので、そういうことの積み重ねが自然とその役者の舞台に出てくるんだと思います。だから、40,50は鼻垂れ小僧ってわけですね。
また、この曲は、是非機会があれば演じてみたいですね。

そういえば、翌日には新潟に行ってしまったので、まだ父の酷評を聞いていないなー(笑)。