さて日に日に近づき、公演までに最後まで行けるか心配であります。
まあ、今日のところまで読めば、初めて能を見る方でも、もう舞台は充分お分かりいただけると思います。
ではでは。

さてここから舞台に役者が出て物語が始まります。

舞台は、隅田川のほとり。客席辺りが大きな川になりましょうか。
最初に登場するのは、この川の渡し守の船頭です。
今回は、下掛方宝生流の高井さんに船頭をお願いしておりますから、ワキ、ワキツレ共に観世流の謡い本とは台詞や詞章が少し違います。
「この間の雨で増水しているので、一人二人では渡せない、少し渡る人を待って渡そう」と話します。
そこへ東国へ帰郷する男がやってきます。そして、はるばる東国隅田川までたどり着いたことを謡って、乗船を頼みます。
すると、向こうから何やら人だかりがするので、船頭がいぶかしがると、あれは都から下って来た狂女きょうじょ)だと旅人が云います。
じゃあ、あれを待っていようということにななります。
舞台上では、勿論、狂女をはやし立てる人達は登場しませんが、お囃子が登場の出囃子を演奏してそれに乗って現れます。
旅姿を現す笠を頭には被り、笹を手にしています。


さて、狂女と書いて(きょうじょ)。これは一体如何なる人をいうのか。

(1)遊芸を業とする旅する渡り巫女とか、(2)狂うわしいほどの一途な思いを持った女の姿を描くために作り出された能独特のキャラクターとか、(3)大切な人を失ったために、精神の均衡を失った女性とか。(4)あるいは実際にある精神の病の一種で、ある言葉や状況で突発的に過剰な反応する人だとか。すでに識者が様々な見解を表しておられます。

隅田川の場合は、子供を失った女が、もう気が狂わんばかりの心配と不安を抱えて、一途になりふりかまわず、通りすがる人に子供の行方を聞いて探し回る姿が、人々には普通の人ではない「狂女(3)(4)」に写ったのでしょう。また、この女性がもともと如何なる女性かは全く語られていません。後世に書かれた隅田川木母寺縁起のように、能「班女」の女(花子)であれば、遊女ですから、遊芸の技を持って旅をした「狂女(1)(2)」でしょうし、また、すでに「班女」時代(恋人、吉田の少将と結ばれる前に)にすでに一度、「狂女(3)(4)」になって旅していますから、「狂女」になりやすい精神構造をしているとも考えられます。まあ、そう考えるとなんとなく納得してしまうので、北白川の吉田の何某を接点に、この「班女}「隅田川」習合した縁起がが作り出されたのではないかと思ったりしますが、それはそれとして、狂女とはいう話なると、どうもこれだという決め手がなく、どれかひとつに答えを決めがたく私は感じています。

能「隅田川」で船頭が待とう思った都から来た「狂女」は、狂いの芸を見せる身分の低い遊芸者としての(1)ということだと思います。
しかし、彼女自身は、ただの遊芸者ではなく、本当に狂おしい思いを抱えた「狂女(3)(4)」であった。ということが段々明かされてゆくのだと思います。それゆえに遊芸者の華やかさと、狂気と悲しみが織り交ざった魅力あるキャラクター(2)が浮き上がるのだと思います。まあ、とてもわかり辛い説明ですが、私はそんな風に考えております。

さて、舟の渡し場にやってきた女は、自らの素性を独り言として客席に語ります。
子供の行方を訪ね訪ねてここまでやってきたのだと。そして、「翔カケリ」という名称がついた所作。舞台をぐるりと物狂おしく、また彷徨うような風情で廻ります。物狂いの能には、カケリがつき物ですが、これは修羅物といわれるジャンルの武者の曲でもはめ込まれています。その時は、一人で舞台を巡りながら、戦いの修羅の苦しみとか戦いに明け暮れる様を表します。
この「翔」は、言葉はなく、写実的な型でもなく、女の旅してきた思いを表しているのだと思います。

女は、一人息子を人商人に連れ去られ、行方を追って女一人で、最果ての東の地までやってきたのです。
この女の独り言のような事情説明は、船頭や旅人と同じ舞台上で行われますが、船頭はまだ女の抱えた事情を知りません。

そして、狂女ならば、面白く狂うって見せろと狂うことを強要します。狂わないなら乗せないぞと、ちょっと見下した意地悪な物言いです。
女は、この隅田川の渡し守ならば、「伊勢物語」登場する隅田川の渡し守のように、やさしく船に乗せてくれないのかと訴えます。
船頭は、さすがに都から来た狂女だ、伊勢物語を話しに持ち出すなんてと感心します。

女のことを、「名にし負いたる優しさよ」と船頭が言うと、その言葉に反応して、女は歌いだします。

それは、在原業平が詠んだ歌。伊勢物語で東国に下った主人公が隅田川で舟に乗り、カモメに向かって詠んだ歌。その歌を聴いて船中の人が皆、涙したという歌でした。

「名にし負わば いざ事問わん 都鳥 我が思い人は ありやなしやと」(カモメたちよ、お前達が都鳥という「都」をつけた名前で呼ばれるならば、私の都に残したあら人は、達者でいるかしっているか)

その歌は、女の心情。我が思い人。すなわち我が子を思う歌でもありました。

隅田川に飛び交うカモメに向かってわが子の行方を歌にして問いかける女。しかし、カモメが答えるはずもなく、女の声は風の中に消えます。
思えば女は、遥か一人で人目にさらされながら旅をしてこの隅田川にたどり着きました。そして、この川を渡った向こうに行けば、子供に会えるかもしれないと思っているのです。
その物狂わしくもどこか風雅な都の狂女の訴えに、船頭は乗船を許して舟は岸を離れます。

この時、舞台には舟の作り物は出てきません。しかし、もはやこの辺りでは、観客にもちゃんと舟や川が見えているのではないかと思います。


続く