能楽夜ばなし

能楽師遠藤喜久の日常と能のお話

故 足立禮子師の思い出

昨日は七回忌になる、故足立禮子師のメモリアル追悼公演が目黒の喜多能楽堂で行われました。

弟子である新井麻衣子さんが中心となって足立さんと長年舞台を共にした津村禮次郎師の協力のもと催されました。

私も、新井さんの猩々乱の後見と観世喜正師、中森貫太師の仕舞の地謡、津村師の海士の地謡とお役をいただきまして足立さんを思い出しながら勤めさせていただきました。


今日は少し長い思い出話をば。


初めて足立さんに会ったのは、今から30年以上も前の事。まだ二十代の駆け出しの頃でした。

緑泉会や鎌倉能舞台の公演に伺うといつも足立さんがニコニコっと「よく来たわねー」と迎えてくださいました。

緑泉会は女性の方がまだ何人もおられたのだけど、鎌倉能舞台さん公演では、その頃は楽屋に人数もいなくて、女性は足立さん一人で、準備から本番の後見や片付けまでなんでもこなしておられました。


今でこそ女性の能楽師は増えてきましたけど、その当時、女性でしかも、道成寺のシテを勤めたり、主後見をして装束をつけたり出来る方は少なかった。


だから、その後、足立さんとは何百番も舞台をご一緒するようになるのだけど、実に色々な事を教わりました。


その昔(戦前か)は装束をつけるのも、装束付け屋さんという人達がいて、その人達から技術を教わったりしたのよと、仰って、今はこうやるけど、昔はこんなやり方してたとか、長年見聞きしてきた事を事あるごとに教えてくだった。


足立さんは丁度父と同世代でしたから、十歳から矢来観世家に住込修行に入った父とは、またちがう形で修行して来られて、道は違えど登る山は同じで、二人にどこか通ずるものがあって、昭和の初めを生き抜いてきたきた人達の修行は違うなと思わせる清潔感がおありでした。


また、その頃は、人手もなくて、お一人でなんでもやられてましたから後見の仕事や装束付けも物凄く早くて、中入のシテの着替えも風を切るような速さだったのを覚えています。

まさに実戦叩き上げの職人のような感じでした。

それでいて、明るく朗らかで女性ならではの細やかさや優しさがあって、そういうのが、芸や仕事に表れて、謡いや舞は、男性では出せないふっくらとした美しさだったり、後見で装束を付けた仕事の出来栄えにも優しい丸みがあって、若造だったその頃の私にはとても真似の出来ないものがありました。

昨日は新井さんの装束は私が着けさていただきまして、足立さんの教えを思い出しながら、つけさせていただきました。


足立さんは字が達筆で、サラサラと筆でなんでもお書きになり、それが達筆の草書体で、私は読めなくて難儀したり(笑)。後見をする時はその曲の扇を腰にさして、万一に備えたり、自分の糸針道具をいつも持参して装束の繕いをして舞台に備えたり。

準備をとても大切にされる方でした。


それから、楽屋での気遣いは、本当に野郎の男たちにはない心配りがあって見事なものでした。

みんなが気持ちよく仕事が出来たりするように物凄く気遣ってられました。

だから皆さん足立さんの事は、敬意を持って大好きだったと思います。


そのうち新作のリア王をやるという話が来て、背丈が釣り合うものだから、よっちゃん(私の事).リア王役をやってよと仰って、足立さんをシテのコーデェリアにして作品が出来上がり、能楽堂や紀尾井ホールなんかで、何度も再演の舞台にかけられて、私も随分勉強させていただきました。

とても綺麗なお声で、年齢を知ったらお客様がびっくりするような、なんとも可愛らしいコーデェリアを演じられていました。


いつも舞台の話を楽しそうになさっておられました。


丁度、その何年か前から新井麻衣子さんを弟子に持って、今まで以上に情熱的になられて、きっと彼女と出会ったのは本当に嬉しかったんだろうと思います。


その愛弟子の新井さんが、足立さんの追善会を主催し、立派に猩々乱(重習)をお披きになって、足立さんもさぞやお喜びの事と思います。

後見をしながら、いつものように隣に足立さんが座って嬉しそうに観ている気がした昨日でした。


私も出演させていただき、足立さんを思い出して、感謝を申し上げたいと思います。


誠にありがとうございました。

能楽の良さをあらためて

広島、岡山と出張してきました。
文化庁主催の文化芸術による子供の育成事業で、実施団体の九皐会公演に出勤。
今年の夏くらいから事前レクチャーが始まり西日本を行ったり来たりと長期に渡る仕事でしたが、今年の巡回もようやく無事に完了。

思い返せば、たくさんの子供達と能楽を通じて触れ合うことの出来た楽しい公演の日々でした。
能楽は、演奏も演技も自らの肉体を長くし修練して、その声や体から発するエネルギーをぶつけて演じる芸能です。
室町時代に完成された芸能ですから、言葉も現代人には難解で、今とはかけ離れた世界観を描く事も多いですが、人間の本質的な部分は、今も昔もそう変わらず、また演者の発するエネルギーは子供達には大人達以上によく伝わっているように思います。

毎回、その手応えのようなものを感じていました。
子供達は、頭ではなく身体でそれを感じとってくれているようで、観客である子供達からもエネルギーをもらいます。
コンサートなどで、歌手や演奏者と観客が一体となるように、機械ではない我々生身の人間同士だから伝わる血の通った芸能の面白さがそこにはあります。
だからこそ長く続いて来れたのだろうと、原点に戻るような学びがありました。

長い歴史に揉まれながらも、より洗練されて今日の日本にそれが残る素晴らしさ。この国に生まれて良かったと思います。

来年もこの事業は続きます。
全国に多くの能楽師が出張します。
全ての学校に一度に行けるわけではないので、小中学生をお持ちの親御さんは、是非、学校の先生に、先生方は学校に、うちの子達にも見せたいと希望も出していただけたらと思います。
もし叶えば、きっと得難い経験になる事でしょう。
私からもお勧めさせていただきます。

今年出会った全ての関係者の皆様に感謝御礼申し上げます。ありがとうございました。





師走ですね。

今週は7日間で七公演と、タイトな一週間でした。
昨日も川崎能楽堂の定期公演に伺い梅若の角当師の葵上、梅若実先生の通小町でした。
他家の仕事は、ちょっとづつやり方が違ったりして勉強になるので面白い。
ココが違う談義で盛り上がったりして長い歴史を生き抜いた能の多様性を感じます。
自分でも試してみたいお土産をもらって帰ってきました。

今日は杉並区のセシオンホールでの催し。同門の永島充君の、こちらも葵上。昨日の舞台が早速役に立ちました。
メンバーが変われば曲が同じでもまた違った葵上になるのが能の面白いところ。
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とても立派なホール。お疲れ様でした。

囃子科協議会 一炊の夢 

週明けもはや三公演目。
本日は国立能楽堂にて囃子科協議会主催公演。
お囃子方の皆さんが主催する催しです。
今日は、喜多流の友枝先生の翁と東次郎家の狂言、そして舞囃子がいくつかありまして、師匠の普通の猩々の能。
私は後見で伺っておりました。

今回の翁の鼓は曽和正博先生なんですけど、喜多流と観世流では型が違うので、当然違うわけで。
来年の年明けの九皐会も曽和先生なので、興味津々で拝見。
もうシテの細かなところが色々違って、へー。ほー。と。
お囃子方って、五流相手するから覚えるの大変そうです。
今日の楽屋は、囃子方主催なので、皆ビシッと決めていつもとは少し違った緊張感が漂ってました。

さて、我が師匠は、日曜日の九皐会定期公演に続いての御シテでしたが、お元気そうでいつもと変わらぬ楽屋での静謐な佇まい。私が乱の初演に着せていただいた素敵なお装束にてお勤めでした。


ふと思い出してみると、私が初めて囃子科協議会にうかがったのは、先代の喜之先生の子方を勤めた時でして、はやもう50年近く前の事。
まさに邯鄲の枕で、ご飯の炊ける間に見た50年の人生を、私も走馬灯のように振り返ったのでした。
まさか能楽師になるなんて。
まさかここに座ってるなんて。
まさかまさかと、思う出会いの連続。
この年になると、人生って、本当に短いですよね。

誰かにポンと肩を叩かれて、お兄さんご飯炊けましたよと言われたら嬉しいのになと思ったのでした。

今週もあと三公演あります。
不老不死を夢見て明日も頑張りましょう。

九皐会12月定期公演終了。しかしまだ今年は終わりじゃないですよ

本日12月定期公演が終了して、例年ならば納会ですが、今年は台風の影響で、10月公演が12月28日土曜日13時開演に順延されまして、改めて年末公演と銘打ちまして催されます。

ということで、今年はまだまだ九皐会は、終わりません。
28日が本当の能会、年内ファイナルですので、是非お越しくださいませ。
大曲のオオヤシロ大社と、通小町です。
大社は、私が地頭で謡わせていただきます。

本日は、喜之師匠の巻絹と、兄、和久の邯鄲。
邯鄲の子方は、兄の長男坊が成長期で声変わりして、背が伸びてしまったので、見た目まだまだ子方のような若い姪っ子が勤めさせていただきました。
久しぶりの舞台に、楽屋でも緊張してましたが無事に大役を果たして帰って行きました。


それにしても、師匠の年齢まで、私はまだ25年以上あります。
リハーサルからずっと師匠の舞台を拝見させていただいておりましたが、はるか未来を見るような思いです。
25年後、八十を過ぎて自分は舞台に立てているのかなあと思います。
重い能装束と面をつけて、がんじがらめで1時間以上。それは決して楽なことではありません。
余程節制して鍛錬しないと叶うことではないと実感するこの頃です。

私の亡き父も88歳まで舞台に立ちましたが、やはり日頃から足腰が弱らないように物凄く気をつけているように見えました。
当たり前のことですが、人間歳を取れば足腰が弱り楽をしたくなるのが普通ですから、自分で余程心がけないとなかなか出来ることではありません。

今日も早めに装束を召されて、鏡の間で随分長いこと身動ぎもせずじっとスッと鬘桶にかかられて鏡に向かう佇まいに、何か言葉では言い表せない物凄さを感じ目に焼きつきました。
かくありたいと今日も勉強させていただいた舞台。
ありがたや日々是精進。

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帰りがけに能楽写真家の渡辺国茂さんより、能楽写真家協会の写真展で展示された写真をいただきました。
以前私が、花筐をさせていただいた時の写真です。
パネルに入って馬子にも衣装です。
せっかくなのでUPさせていただきます。
この場を借りて御礼申し上げます。

はじめて矢来スペシャル 年内のシテ終了

本日は、朝から定期公演のリハーサル、一月の新春公演の稽古能、そして故足立禮子師の追善会の申合せとありまして、最後に夜7時より、はじめて矢来スペシャルの土蜘蛛があり、それに先立ち、所沢ミューズ主催のバックステージツアーの案内をさせていただきまして、年内最後のシテ、土蜘蛛前シテを勤めて長い1日終了。

はじめて矢来は、能楽堂に馴染みのない方にも楽しめるようにと企画された催しで、解説もあり、終演後に我々演者と撮影タイムもあり、楽しい催しになりました。
もうフラッシュの数が、記者会見みたいでした(笑)
これは来年も行っていく予定です。
皆さんがお帰りになって、奥川師、鈴木師と記念撮影
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お疲れ様でした。


はや師走

東京に戻りまして週末は、茉莉会社中の記念発表会で五番程謡わせていただき、皆様大変ご立派にお勤めになり、こちらもほっとして嬉しくなりました。
おめでとうございました。

本日は、三曜会が国立であり、佐久間君、萬斎師が大活躍の1日で、こちらも仕舞の地謡、能の後見を勤めまして、無事に終わりほっとしました。
能の大会(だいえ).という曲の最近の演出は、狂言方が中盤の見せ場を作り、またシテは特別な面をかけ、早装束の変身などもあり、とても面白いのですが、その分裏の仕込みは大変でして、能としては目まぐるしく大掛かりな演出です。
能の場合、いわゆるスタッフというのはいませんから、後見をはじめ出演の演者同士で手伝って準備をしますので、そこに経験と知恵と伝承の技が色々あるわけですね。
これをお互い本番一発でバシッと決めてしまうところが能の良いところでもあります。
本日も無事に決まり無事終了。
お疲れ様でした。

はや師走。来週もまた舞台が連日続きまして、シテも二番あるので、まだまだ気を抜けません。

あ。本日朝、NHKFMラジオ放送
この間収録したラジオ。葛城と安達原。
どなたか聴いてましたでしょうか。

朝早いからね。。。

聴いて下さってたら嬉しいです。
ありがとうございます。


善光寺参詣

長野出張はずっと天気に恵まれました。
宿からほど近い所に、かの善光寺さんがありましたので、これは参詣しないわけにいかないということで参詣して参りました。
以前に師匠のお供で善光寺薪能にうかがっているのですが、今回はゆっくりお参りする事が出来ました。

能には柏崎、山姥、藤、道明寺、土車などに善光寺の名が出て参ります。
その歴史は古く1400年の長きにわたり阿弥陀様を本尊として信仰を集めてきた大寺院であります。
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長い長い参道

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晴れ間がのぞき参詣日和
写真で観るよりずっと大きく壮麗な本堂。
その立派さにおおーっと声が漏れる。

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山門の上から見た参道 街並みが一望出来ます
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山門の上から見た本堂
裏の小山の紅葉も楽しめます。
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長野オリンピックのオープングに鳴り響いた鐘

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ほんとに嬉しいこの立て看板。

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誰でしょう(笑)
隣の善光寺という額には、鳩が5羽隠れていて鳩字の額と呼ばれています。
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境内にある爪彫如来様は目にご利益があると、昼食をいただいたお店で教わり、老眼が進まないようにとお参り。
すると言葉が閃き。
「目を大事にしないとね」と。
ごもっともと得心してのでした。

このほか、7年に一度のご開帳に建てられる10メートルもある歴代の回向柱があったり(昔のは自然と背丈よりも小さくなるそうです)経堂の巨大な輪蔵廻しや、本堂地下の真っ暗な回廊を歩きご縁を結ぶ御戒壇巡りなど、ありがたい功徳をいただける楽しい見学コースが用意されていて、とても楽しく阿弥陀様とご縁を結べる工夫満載で時の経つのをすっかり忘れました。
こういう工夫って大事だよねー。
しかも善光寺さんって、無宗派だから誰でも受け入れてくださるという懐の大きなお寺さん。
というわけで、色々学ばせていただきまして、とても楽しい善光寺参りでした。感謝合掌。



母校に錦

秋公演の催しが続いています。
先週は同門の小島君の俊寛、中森さんの江ノ島、鈴木君の復曲鈴木三郎と大曲が続き、今週は文化庁主催で連日小鍛冶の学校公演の毎日です。
今日は長野県の信州新町まで来ました。

学校公演に参加していると、知り合いの母校や先生をしている学校に巡り合ったりすることがあります。
今日の学校は同門永島充君の母校。
長野県は謡曲が盛んで、道の駅でも謡本の見台を売っていました。
充君もこちらまで稽古に来ているそうです。
ということで、今日は充君がシテを勤めて母校に錦を飾りました。
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道の駅にて、ご当地名物のお蕎麦とジンギスカンのお焼きで昼食。信州新町はジンギスカンが有名なんだとか。蕎麦は並でも大盛り。ジンギスお焼きは極上肉まんのような美味。めん子ちゃんはご当地キャラだとか。そしてこちらは晴天。
穏やかな楽しい舞台になりました。
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はや稽古納め

今日は秋田の年内最後の稽古に来ております。
昨日は氷?ミゾレが降り、時折激しい雨が打ちつけて極寒。
おまけに施設の暖房が故障して、ホカロンを身体中に貼り付けての稽古でしたが、今日は一転青空がのぞき、過ごしやすい気温でした。
秋田社中の年内の稽古も無事終了。
冬が来るとこっちは行くのも集まるのも大変なので、早々と稽古納めです。社中の皆様今年もお世話になりました。

秋田の社中は、東京の稽古場と違って、私がいつも稽古に伺えるわけでないので、自主練が凄くて、自分達でどんどん稽古されるので、私がいかない間に腕前が上がっているという(笑)。実に素晴らしい稽古場であります。また来年、どんだけ腕前が上がっているか楽しみですね。
どうぞ良いお年を。









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